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2017年12月 2日 (土)

平野啓一郎『マチネの終わりに』に唖然

30代までは、自分より若い作家が芥川賞をもらうと、気になって読んでいた。だから私より10以上若い平野啓一郎が、京大生時代の1999年に『日蝕』で芥川賞を取った時にはすぐに読んだ。その時は、「純文学」は大変だなあと思った記憶がある。

それからはなぜか機会がなくて彼の小説は読んでいなかった。今回『マチネの終わりに』を読んだのは、通りがかった池袋の書店で「15万部突破!!」と「この小説は是非読んでいただきたいです 又吉直樹」という帯を見たから。沢木耕太郎の『春に散る』を読みながらの妙な感じを「純文学」で解消したいと思った。

ところが、これがある意味で『春に散る』以上の絵空事だった。『春に散る』は、文章から設定からすべて大衆小説だ。こちらは重厚な文体だが、物語自体が知的エリートのセレブな話で、私は逆に引いてしまった。

主人公は世界的なギタリストの蒔野聡史とハーフでパリの通信社に勤めてイラクに取材に行く小峰洋子で、2000年代後半から東北大震災の直後あたりまでを背景に、この40歳前後の2人の行き違いの恋愛が描かれる。

どちらもカッコ良すぎるのに独身。彼らは一目惚れするが恋愛はいつも何かに遮られてうまくいかず、それぞれが別の結婚をする。そしてラストの再会。

いやはや読んでいて唖然とするほど恥ずかしかった。ちょうど昔好きだった辻邦生や福永武彦を今読んだらとても読めないような感じだろうか。「毎日新聞」の連載で去年の4月に出て、16刷、16万部ということはたぶん好きな読者も多いだろうから、これ以上悪口は書かない。

それでも心に残った個所もあった。1つは「『ベニスに死す』症候群」で、これは洋子の父親でセルビア出身の映画監督が彼女に行った言葉。「中高年になって突然、現実社会への適応に嫌気が差して、本来の自分へ立ち返るべく、破滅的な行動に出ること」。

もちろん、『ベニスに死す』で中年の作曲家、アッシェンバッハが突然美少年を追い求めて、ペストにかかってしまうことを指す。これはよくあることで、うまいなあと思った。

もう一つは洋子が薪野の妻となった女性と会って言う言葉。「それで、……あなたは今、幸せなの?」「はい、すごく幸せです」「あなたの幸せを大事にしなさい」。間の文章は省いたが、「あなたの幸せを大事にしなさい」とはなかなか言えない。翻訳調だがこれはカッコいい。

たまに小説を読むと、どうも居心地が悪い。

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