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2017年12月14日 (木)

「平成」のとらえ方

21世紀になったばかりの頃、「失われた10年」という言い方が流行った。これは1991年からのバブル崩壊後の10年を指していたが、その後「失われた20年」という表現も出てきた。2001年の小泉構造改革以降は不況が深まったという見方だ。

さらに2008年のリーマンショックもある。数日前の「朝日」では1997年の金融危機からの20年を大企業倒産の時代と書いている。つまり、山一証券、長銀、日債銀、そごう、マイカル、カネボウ、ダイエー、三洋、JAL、東芝、シャープと倒産や売却が続いた。

一人当たりGDPはかつては3~5位だったのに、いまや世界で30位くらいまで落ちた。通貨別決済シェアでもドル、ユーロ、ポンドに次ぐ位置を中国元に奪われた。日本は、もはや経済大国ではない。

そのうえ、95年の神戸大震災とオーム事件、2001年の9.11、2011年の東北大震災と原発事故が来た。さらに小泉改革以降は非正規労働者がどんどん増えて4割になった。結局1989年に始まった平成の30年は、日本にとって少しもいいことはなかったのか。

この30年はほぼ私が働いた年月と重なる。個人的な印象では「十分に楽しかった」。私自身が公務員からマスコミ、大学教員とより自由な仕事に移ったからもある。でも考えてみたら、世の中全体で自由な仕事をする人がどんどん増えたような気がする。

平成とは、落ち行く経済のなかで昭和の高度成長や会社資本主義が変わってゆく時代だったのではないか。「買う」のではなく「シェア」をする。車や家を持つことは「成功」ではない。高い装飾品や豪華なレストランはカッコ悪い。そんなまっとうなチープが定着したのでは。

「平成」の次の時代は、そのまっとうさを社会のすみずみまで想像力を働かせて広めてゆく時代になったらいい。経済成長はなく収入も多くないが、物価が安く暮らしやすい国になったらと思う。「平成」はそれまでの変化を30年かけて実感した時代だった気がする。だから「失われた30年」ではなく「過度期の30年」と考えると少しは希望が持てる。

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