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2017年12月17日 (日)

平成のジグザグ歩き

私が東京に出てきたのは24歳の時だった。ある大学院に入ったが、その時の同期の石坂君に「古賀君の歩き方はすごいね。ジグザグデモならぬジグザグ歩きだ」と言われたことがある。

ジグザグデモとはかつての学生運動の街頭デモで、学生たちが横に10人ほどずつ腕を組んで左右に小走りに動くことを言う。今では映画か昔のニュース映像くらいでしか見ないが、まだ1980年代にはたまにそういうデモがあったと思う。少なくともその言葉の意味は知っていた。

私のジグザグ歩きは、自分の前でゆっくり歩く人をジグザグに追い越してゆくだけ。つまり単なるせっかちでしかない。東京に住み始めて驚いたのは、山手線の電車が3分おきに来ること、家賃が高いこと、そして人が多いことだったと思う。

田舎では電車は30分に1本しかないし、東京の家賃は福岡市のだいたい2倍、そして人の数は10倍以上。それも朝夕や土日ではなく平日の昼間にどこにでも人がいる。そのうえ、東京の人はみんな急がない。たぶん急いでもたいして変わらないことを知っているから。「せまい日本そんなに急いでどこに行く」という、昔どこにでもあった交通標識の通り。

当時の私は自分の前をゆっくり歩く人々が耐えられなかった。だから少しでも空いた空間を探して左右に歩きながら、人をかきわけて行った。大学に行くのも、映画を見に行くのも。そんな私を見て東京出身の友人が「ジグザグ歩き」とからかったのだ。

白状すると、数年前まで時々ジグザグ歩きをしていたと思う。いつの間にか、無意識に。しかし数年前に駅の階段を降りながら、足元がふらついて思わず手すりを持った。それからいつの間にか左右どちらかの手すりの近くを歩くようになった。

そして3年ほど前に、東銀座駅から出て走って松竹の試写室へ駆け込もうとして転んで顔や手足に怪我をしたのはここに書いた通り。それからは走らない。ジグザグ歩きも(めったに)しない。

つまり私にとって、平成はジグザグ歩きの時代だった。

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