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2018年1月26日 (金)

ポルノ以前の西村昭五郎:続き

ふと時間ができたので、もう1本だけ西村昭五郎を見た。初監督作品『競輪上人行状記』(63)で主演は小沢昭一だったが、これが大当たりの傑作だった。脚本は大西信行と今村昌平だが、映画のタッチはむしろ川島雄三に近い。

小沢昭一という役者は、『幕末太陽伝』や『しとやかな獣』のような変人役が印象に残っているが、この映画では最初は普通の背広姿で出てくる。さえない中学教師・春道役で、家出した女生徒を駅で連れ帰ろうとしている。何とも雑然とした駅(上野?)の感じがいい。

実は彼の実家は潰れかけた寺で、長男の兄が死んで老いた父親(加藤嘉)に家を継がされる。背広よりさらに似合わない坊主の格好をした春道が、お寺再建のための寄付を募って近所を回るが相手にされない。

ふらりと入った競馬で大当たりして、それからは競馬場に通いながら坊主をする生活となる。お寺の金に手をつけて、前から好きだった兄嫁・みの子(南田洋子)にも嫌われる。人はいいが気が弱く、いつもオロオロする何とも情けない様子の小沢昭一が実に新鮮。それだけでも十分におもしろいが、映画はこれからさらに二転三転する。

兄嫁は、自分の息子は兄との子ではなく実は春道の父、つまり義父の子だと衝撃の告白をする。やけになった春道は競馬に金をつぎ込んで寺を取られそうになるが、「最後の大勝負だ」と寺を譲った残金をつぎ込んで大勝する。その時、競馬場の隣にいた女(渡辺美佐子)は、勝負の7レースまで馬券を買わないように、自分の手をベンチに縛っているという変人。

彼女に頼まれてお金を貸すと、そのまま春道の家についてくる。この女と暮らすかと思いきや、女は騒いで毒を飲む始末。春道はパンツ一つでそれを見ており、その後に食堂でおいしそうにカレーライスを食べる。

考えてみたら、おかしなシーンはあちこちにある。夢で死んだ夫が出てきたみの子は、「もっとぶってえ」と叫ぶ。冒頭の駅で春道がトイレに行くシーンや、父親の尿を兄嫁が尿瓶で取るシーンなどは川島雄三のようだ。このおかしな場面の連続に黛敏郎の奇妙な音楽が重なる。

そして春道は何と女生徒を連れて旅に出る。そして数年後には東北で説法をしながら競輪の予想屋をするありえない坊主になっていて、女生徒は妻のごとく寄り添っている。偶然通りかかった出世した弟は「競輪上人だよ」と説明する。

どうしようもない状況なのに、悪い方に悪い方に進んで途方に暮れる小沢昭一の姿はこれまで見たことがなかった。この焦燥感が、最後の「競輪上人」の姿で一挙に妙なカタルシスへ転じる。

この傑作を当時絶賛した評論家はいたのだろうか。あるいはその後評価した者はいたのか。調べてみたい。なおこの映画は、今日26日に3回上映されるのが今回は最後。DVDは絶版。

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コメント

公開当時より雑誌『映画評論』等では高い評価で西村は将来を嘱望されていたような記憶があり、70年代には知るひとぞ知る、80年代には映画ファンの間では映画史上の名作と認知されていました。個人的には、上映プリントや機会の少なさ、自分の怠けぐせで、’90年代に入ってやっと捕獲しましたが、前半の今村的社会の基層描写の手抜きなさ、後半にはいっての、個人の意識の変革のスピードアップと拡がり、図と俳優の佇まいの魅惑、に驚かされました。

投稿: 瀬古誠治 | 2018年1月27日 (土) 07時18分

昨年、西村監督の訃報が流れた時にラピュタ阿佐ヶ谷で偶然上映されていました。満席。観客はよく笑い、場内は熱気に満ちていました。昨晩はシネマヴェーラ渋谷で同僚に偶然会いました。初めて見たという同僚は、ラストの小沢昭一の説法に鳥肌がたったと興奮していました。これからも、たくさんの人に見て欲しい映画です。

投稿: 高木希世江 | 2018年1月27日 (土) 11時21分

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