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2018年1月14日 (日)

『ノクターナル・アニマルズ』を再見

友人があまりにおもしろいと言うので、トム・フォード監督の『ノクターナル・アニマルズ』を劇場で再見した。一昨年のベネチアのコンペで見ていたが、それほど印象がよくなかった。その年のコンペだと、『立ち去った女』のリアリズムや『メッセージ』の巧みさや『笑う故郷』の皮肉に惹かれたのかもしれない。

今回見たらずいぶん面白かった。何よりショットの組み合わせがうまい。金曜日、ニューヨークの優雅な画廊主スーザン(エイミー・アダムス)のもとに郵便が届く。それは20年前にスーザンが別れたエドワード(ジェイク・ギレンホール)が書いた小説の草稿で、今の夫が週末に出張することもあって、彼女は小説を読みだす。

スーザンが小説を読むと、それが想像として映画になって現れ、ジェイク・ギレンホールを主人公とした悲劇の物語が進む。そこに現在の彼女の映像と彼女がエドワードに会った頃の映像の3つが交互に流れる。

ジェイク・ギレンホールが二役ということもあり、見ているとその3つの場面が交錯して、一瞬これはどの映像かわからなくなるように繋いでいる。そのうえ現在の映像にはスーザンの勤める画廊のアート作品がふんだんに使われており、これも幻想を生む。

何より冒頭のスーザンの画廊のオープニングの場面が強烈だ。老いて太った裸の女性たちが楽しそうに踊る。そこには星のような輝くものが降ってくる。これはビデオアートで、その前にはビデオに出た女性が2人も台の上に裸で横たわっている。いかにもな現代アートなので、私はてっきりダミアン・ハーストだと思った(実際はオリジナル)。

そしてスーザンの頭に浮かぶ小説の場面が、いかにもフィルムノワール仕立ての悪夢のよう。主人公は夜中に妻と娘とドライブ中に、3人組の男たちに襲われる。結果として妻子は連れて行かれて死体で発見される。それを追う刑事(マイケル・シャノン)が魅力たっぷりで、主人公と刑事は組んで犯人逮捕のために何でもやる。

妻子の全裸死体は赤いソファの上に発見される。娘のお尻や背中を美しく見せた構図はさながらルネッサンスのヴィーナス像のよう。その直後にはスーザンが電話した娘が同じような格好で恋人と横たわる映像が映る。スーザンの次々に変わるセクシーな服装やギャラリースタッフのファッションも実に鮮やか。

映画はスーザンが元夫と再会する直前で終わる。つまり金曜の夕方から火曜の夜まで、現実には何も進んでいない。その空白の時間を現代アートやファッションやスーザンの想像(小説に加えて夫や娘の映像も)を駆使して、女性の妄想として描き切る。

私がベネチアで引いたのは、アートもファッションも映画もわかっているといいたげな刺激的な映像のテンコ盛りに見えたからだろう。実際には何もリアルなことが起こっていないのに。それにしても映画祭で字幕なしで見たのに比べると、ずいぶんおもしろかった。


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