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2018年1月 9日 (火)

アジェの亡霊

今年最初に見た展覧会は、東京都写真美術館で1月28日まで開催の「アジェのインスピレーション」展。実はアジェの個展だと思っていたら、副題は「ひきつがれる精神」でアジェと彼の影響を受けた人々の写真を合わせたものだった。

全体で150点余りだが、アジェの作品はそのうち3分の1ほど。その後はマン・レイに始まってベレニス・アボット、ウォーカー・エヴァンス、リー・フリードランダー、森山大道、荒木経惟、深瀬昌久、清野賀子まで約10点ずつ並んでいる。

何といってもアジェの無人のパリがすごい。通りや広場や奥まった路地やお店や建物をあえて人のいない時に撮っている。入口や手すりやドアノブなどの装飾のアップだけもある。たまに人が写っていることもあるが、物売りや店員や芸人などが1人か2人ぽつねんといるだけ。

黄ばんだ鶏卵紙を使っていることもあって、そこからはまるで亡霊のような何かが出てきそうだ。建物の奥に潜むパリの妖怪が見えるような気がしてくる。

アジェはパリの街並みを何千枚とカメラに収めて、国立図書館やパリ市立歴史図書館などに納品して暮らしていたが、生活は楽ではなく妻の収入に頼っていたという。このパリを徹底的に記録する情熱はどこから出てきたのか。

彼の写真は1890年代後半から1920年代半ばまで。昨年、映画『リュミエール!』で見た1900年前後のパリと重なる時期もあるが、雰囲気は全く違う。リュミエール兄弟やそのカメラマンは、パリを着飾って歩く華やかな人々をカメラに収めた。パリ万博の遊歩道を優雅に歩く男女は、まさにプルーストの世界。

ところがアジェの写真には、そうした恵まれた人々は全く写っていない。そもそも無人の風景が中心だし、たまに写っている人間は貧しそうな人ばかり。リュミエールが「現代」や「動き」を見せようとしたのに対し、こちらは「過去」や「静寂」とその持つ雰囲気を見せる。

アジェの写真はシュルレアリストが絶賛したり、ベンヤミンが分析したりしているが、またそれらを再読してみたいと思った。彼に影響された写真家たちの写真もそれなりによかったが、アジェの圧倒的な呪縛力に比べたら印象が薄い。

同時に開催されていた「日本の新進作家vol.14 無垢と経験の写真」では5人の若手写真家を紹介していたが、こちらの印象はさらに薄い。金山貴宏の家族を撮り続けた写真は気にはなったが、その日はアジェが頭を占めていた。


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