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2018年1月 8日 (月)

『女の一生』の新しさ

ステファヌ・ブリゼ監督の『女の一生』を劇場で見た。有名なゾラの小説を映画化したフランス映画で、岩波ホールでの公開だからいかにも教養主義的な映画に見えるが、それが実は相当に新しい前衛的な映画なのだ。

一昨年のベネチアのコンペ作品で見た時、筋がわかりにくいがこれはすごいぞと思ったら、やはり国際批評家連盟賞を取った。映画祭の賞の審査員は作り手が中心なので、この賞の方がコアな映画好きの趣味に近い場合が多い。

よく大学の授業で「巨匠は大事なシーンをあえて省きます」と説明して小津の映画に結婚式や死の場面が出てこないことなどを指摘するが、この映画はまさにそうで、主人公のジャンヌにとっての人生の大きな事件は画面に出てこない。

まず、最初の大決断である結婚の瞬間が出てこない。両親ともぞもぞと話しあっていたかと思うと、彼女の体を夫となるジュリアンが無理に求めるシーンが出てくる。結婚した夫がメイドの女性や近所の伯爵夫人と不倫をするのを発見するのも、場面そのものは写らない。夫を探す声が聞こえたり、不倫をほのめかす映像が見えるだけ。

小説だと、夫と伯爵夫人が小屋で不倫の最中に伯爵が気がついて小屋ごと岸壁から突き落とす有名な場面があるが、それも一切省かれている。夫はいつの間にかいなくなっている。

さらに母もいつの間にか亡くなっていて、台詞のなかでさらりとそれを知らされる。その後に彼女を助けた父の死もそうだ。そんなところにかつてのメイドが助けに来るが、ジャンヌは素直になれない。

つまりはすべては彼女の「意識の流れ」だけを追う。ロンドンに行って金を送れという息子からの手紙にかつての幸せだった頃の映像が流れたり、苦しんで寝ている姿が写ったり。考えてみたら、父親に畑仕事を習う最初の場面もつぶやきのような会話がかすかに聞こえるだけ。

見終わると、映画の最初から彼女の回想だったのではないか、という気さえする。ドラマのすべてをジャンヌの内面からとらえ、日常の日々と記憶と手紙だけをつないでその一生を浮かぶ上らせる。結果として情念の息吹だけがピュアに伝わってくる。こんな語りの映画はめったにない。

これは現在上映中の映画の中でたぶん一番新しい。もう一度原作を読んでから再見したら、多くの発見があるのではないか。

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