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2018年2月 9日 (金)

『ハッピー・エンド』の悪意

ミヒャエル・ハネケの映画には悪意がある。正確に言えば、人間の中にある悪をアイロニーと共にクールに描く。まるですべての人間に悪が備わっているのを見通すように。3月3日公開の『ハッピー・エンド』もまた、いつものように題名とは裏腹にとんでもない終わり方をする。

映画は、スマホの縦の画面から始まる。洗面所の女性、ハムスター、そして台所の女性が写る。その合間に映画のクレジットが挿入される。映像には、少女のコメントが加えられる。どうも写っていた女性は母親のようだ。声は母を非難する。

工事現場が出てくる。そこで突然起こる地盤沈下にはかなり驚く。その後、イザベル・ユペール演じる経営者らしき女性が現場の人々と話している。

最初の少女はエヴで、アンヌ(ユペール)とその弟トマ(マチュー・カソヴィッツ)夫妻の住む家にやってくる。実はエヴはトマの前妻との娘で母親が入院したのでエヴは転がりこんだ。

エヴはフェイスブックの「メッセンジャー」ページで、父親のトマがクレールという名の女性と親密な会話をしているのを見る。エヴは薬を飲んで自殺を図る。

ここまでは例によって説明なしに事実が冷ややかに並ぶので、わかりにくい。ところがエヴが祖父のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)と会話をするところから、とんでもない展開が始まる。最後のスマホ画面には、空いた口がふさがらなかった。

『アウトレイジ』ではないが、まさに「全員悪人」。映画はその醜悪さをピンセットで扱うように一つ一つ丁寧に見せてゆく。今回は、スマホやSNSを使いつつ、移民や高齢化社会の問題まで含みながら。

実は、舞台になった北仏のカレー市で1週間ほど過ごしたことがある。1984年の9月前半だった。この映画に出てくるように、海は地中海の濃い青さではなく、オパールのように淡く奥にいくつもの色が見える。まるでこの映画の世界のよう。アンヌやトマの住む家のような、パリではあまりみかけない超ブルジョアの家庭も見た。

カレー市庁舎の前の広場には、ロダンの「カレーの市民」がある(上野の国立西洋美術館にもあるが)。私はそこで「なんだ、誰もカレーを食べていないじゃないか」と現地のフランス人に言ったが、もちろん全くウケなかった。

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