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2018年3月27日 (火)

『おらおらでひとりいぐも』が35万部

芥川賞を取った若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』をようやく読んだ。東北弁の題名を聞き、授賞式の本人の写真などを見て、「これは読みたい」と思った。そういう人が多いのか、オビには「35万部突破!」と書かれていた。

なぜ私が読みたいと思ったのかわからない。たぶん九州出身の私が、意味がよくわからない東北弁のタイトルを聞いて、妙に親近感を覚えた気がする。そんな人が多いから35万部も売れたのだろうか。

読んでみると、これが抜群におもしろい。話らしい話はない。70代半ばの女性が、子供が独立して夫が死んで一人になって、独り言を言っているだけ。その独り言に東北弁が混じる。「桃子さん」と自分を客観視して語る。次々に思い出がよみがえってくる。

読んでいるうちに「あるある」とおかしくなる。「有り体に言えば、おらの心の内側で誰かがおらに話しかけてくる。東北弁で。それも一人や二人ではね、大勢の人がいる。おらの思考は大勢の人がたの会話で成り立っている」。これはわかる人が多いのでは。実は私も数年前から九州弁(正確に言えば筑後弁)の独り言が増えた。

主人公は成人後の子供とのつきあいの難しさを語り、自分の母を思い出す。「だいたい、いつからいつまで親なんだか、子なんだか。親子といえば手を繋ぐ親子を想像するけど、ほんとは子が成人してからのほうがずっと長い」

上京してから住み込みの飲食店で働く。そこで出会った周蔵と結婚。「ある時周蔵が真顔で/決めっぺ。ひとことそう言った。/結婚の申込だった。何の飾りもない言葉、それがすとんと胸に落ちた」。そして子供ができて大きくなって独立。「周蔵はたった一日寝込むでもなく心筋梗塞であっけなくこの世を去った」「ああ、くそっ、周蔵、いいおどごだったのに」

ところが抜群なのはその後で、「おんで、おんでよ」という声を聞いて、桃子さんは動き出す。「あふれる笑顔で階段を降り身支度を整え、お湯を沸かし、雨戸をあける」「目的がある一日はいい一日などと声に出し、そうだ、おらに必要なのはこの目的だなすと応じ、いそいそと流しにむかってまず棚からアルマイトの弁当箱を取り出す」

「もはや何如たっていい。もう迷わない。この世の流儀はおらがつぐる。/亭主が亡くなってからというもの、現実は以前ほどの意味を持たなくなった。こうあるべき、こうせねば、生きる上で桃子さんを支えていた規範はどうでもいいものに思えてきた。現実の常識だの約束事は亭主がいて、守るべき世界があってはじめて通用する」

要は夫が死んで1人暮らしになって、70半ばにして絶対的な自由を手に入れた桃子さんの話だった。それが「おらおらでひとりいぐも」の意味。「おらの人生は言ってみれば、失って得た人生なのだな」。最後に孫娘との会話に泣いてしまった。この小説は尾を引きそうだ。これを35万人も読んだということは、今の日本にも少しは希望がある。

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