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2018年3月 9日 (金)

日露戦争と関東大震災の映像

もう終わってしまったが、フィルムセンターの「発掘された映画たち2018」についてまだ書く。トーキーが始まる1930年代以前において、日本での最大の事件は日露戦争と関東大震災だろう。だからフィルムセンターの特集のハイライトだと思って「日露戦争と関東大震災の記録映画」に出かけた。

かつて日本におけるジョルジュ・メリエスの映画の日本での上映記録を調べるために、1900年頃からの「都新聞」に端から目を通していたことがあった。そこで驚いたのが、1904年の夏頃から日露戦争の記録映画がどんどん増えて、1905年になると映画の半分以上がそれになること。

それも横田商会のような日本製もあれば、英国製もフランス製もある。映画史の本では、現地に行かずに撮影所で撮ったものも多いと書かれている。メリエスなどの「魔術もの」の流行は、日露戦争映画で終結した感があった。

そこでどんなにおもしろいかと思っていたが、これが期待外れ。『國宝的記録映画 旅順開城と乃木将軍』(16分)は英国アーバン社『旅順の降伏』(05)を32年に再編集したものだが、肝心の戦闘シーンがあまりない。横浜港での行進、兵器検査、敵の塹壕の破壊など。砲台から大砲を打つシーンもあるが、ただ飛んで行くだけで当たったかもわからない。

その後は乃木、ステッセル会談だが、大勢出てきて誰が誰かよくわからない。ロシア人捕虜がたくさんでてくるが、驚くべきはステッセル夫人を始めとして女性も多く、子供まで何人も出てくること。ロシアの将校は家族連れで戦争をしていたのか。

旅順入城では軍楽隊がいたのにびっくり。そして日本海海戦では両国の戦艦が見えるが、ずいぶんチャチ。ポーツマス講和会議のパレードの場面もあった。

関東大震災(1923)の映像では、「Scenes of Japan's Earthquake Disaster」(1923年頃、11分)が抜群におもしろかった。米国パテ・ニュースのカメラマン、ラルフ・アールが走る車にカメラを置いて撮ったもので、臨場感に溢れている。ほかの震災映画の多くが、俯瞰でカメラをパンするのに比べて、こちらは至近距離で被害の実態や歩く人々が見える。

これと同じくマツダ映画社の原版から作ったものに『関東大震災実写1923(仮題)』(1923年頃、17分)があった。これは明治の映像も含むが、リュミエール映画が2本含まれていた(銀座と新橋)のに驚いた。芸者たちが逆立ちをする遊びもおかしい。

『1923年9月1日東京大震災(仮題)』は第二次世界大戦後に作られたもので、黒こげの死体がたくさん出てくるのは空襲後の撮影かも。いずれにしても、1923年に瓦屋根や藁ぶき屋根の並ぶ美しい東京はいったん崩壊し、さらに22年後にまた灰になったのだから、日本人の努力は何とも涙ぐましい。その後も何度も地震や台風があったし。それにしても、古い映像は何でもありがたい。


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