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2018年3月19日 (月)

『ワンダーストラック』の楽しさ

4月6日公開のトッド・ヘインズ監督『ワンダーストラック』を見た。この監督は『キャロル』が抜群だったが、今度はどちらかというと、映画ファン向けのちょっと渋い作品だった。それでもやはり見ていると、どんどん楽しくなった。

好きだった理由はいくつもある。1つは、白黒で語られる1927年の耳の聞こえない少女の物語と、カラーの1977年の母を亡くした少年の物語のそれぞれが、実に雰囲気たっぷりに再現されていること。27年では大恐慌前のサイレント映画が終わりかけた時代の優雅な雰囲気がたっぷり味わえ、77年では自由な服装の黒人やラテン系がニューヨークの街を闊歩する。

もともとこの監督は、『ベルベット・ゴールドマイン』(98)も『エデンより彼方に』(03)も『キャロル』(16)も、とにかく過去の時代を再現することにかけては天才的だ。今回はそれぞれの時代のニューヨークの街を歩く大勢の人々を、その街並みと共によく撮影できたものだと思う。CGを使っているのかどうかわからないが、見ているだけで時代の濃厚な雰囲気に浸ってしまう。

もっと大事なのは、この映画の根幹にニューヨークの自然史博物館があること。27年では少女の兄が勤めている場所だし、77年では少年が母の遺品からの手掛かりで行く場所だ。実はここは昔、伊藤俊治氏の本を読んで行きたいと長年思っていたし、杉本博司氏の写真でもさらにその気持ちを掻き立てられていた。

ようやく行ったのは、2年前にパリにいた時。なかなか機会がないので、ひまな半年の間にニューヨークに行った。暗闇に動物たちの剥製とジオラマの並ぶ古風な空間で、私はそこで半日は過ごした。一つ一つの展示が枠に区切られて暗闇に浮かび上がり、まさに映画的だった。

その場所がこの映画の核となる。さらにグイと心を掴まれたのは、2つの物語が結びつく過程が、ニューヨーク市街の大きな立体模型と、そこに並ぶ人形たちで描かれたこと。何だか映画の原点に戻ったようで、嬉しくなった。もちろん、この過程の細部に泣けてくるエピソードがぎっしり詰まっているが、これはもう見るしかない。ジュリアン・ムーアがとにかくいい。

映画の題名は、少年が母の形見として持っている本から取られているが、これは自然史博物館の解説書。自然史博物館に再現された「驚異の部屋」(15世紀から18世紀の欧州の王侯貴族が世界の産物を集めたもので博物館の元祖)を解説した本で、最近「アルチンボルド展」や文化村で最近までやっていた「ルドルフ2世 驚異の世界」展で「驚異の部屋」の虜になっている私にはたまらなかった。たぶん今は自然史博物館にその展示はないと思うが。

そして音楽にデヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」が2通りで流れ、それにインスピレーションを与えた『2001年宇宙の旅』の音楽も編曲版で流れるのに、心を奪われた。この映画は、ぜひとももう一度劇場で見たい。

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