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2018年3月17日 (土)

人形アニメに泣く

もともとアニメはよくわからないが、人形アニメはさらに知らない。たぶんチェコアニメを除くと、ティム・バートンと川本喜八郎作品くらいしか見ていない。『ぼくの名前はズッキーニ』の劇場公開が終わりかけているに気づいて慌てて見に行ったのには、理由があった。

私が行った2年近く前のカンヌの監督週間で上映されて、かなり話題になっていた。その後もフランスで見る機会はあったのに逃していたら、日本公開が決まった。クロード・バラス監督が来日して私の勤める大学で片淵須直監督とトークをした時も行けなかった。

そういう訳で期待一杯だったが、それを裏切らない中身だった。たった66分の人形アニメにほろりと泣いてしまった。登場人物は、孤児院の7人の子供たちとそれを見守る数人の大人。最初に主人公のズッキーニの大きな顔を見た時、あまりのシンプルさにこれで1時間ももつのかと心配になった。

ほぼ三頭身くらいで頭が大きく、髪は青で耳や鼻や口は赤い。ところがその小さな手足は四方に動き出し、目がくるくると回る。母はビールばかり飲んで、テレビでメロドラマを見ているが、ある時死んでしまう。事故を担当した警察官のレイモンはズッキーニを孤児院に入れる。

最初はいじめっ子の赤髪のシモンにいじめられたりするが、次第に仲良くなる。レイモンは親のように時々訪問する。そこに現われるのがカミーユ。大人びた声で何とカフカを読んでいる(虫の絵が描いてあるから、『変身』か)。シモンは最初に見た瞬間から恋に落ちる。

孤児院にはほかにも、アラブ人風の少年のアメッドやアフリカ系のベアなど全員で7人。それに優しい先生たちが3人。カミーユには、お金のために親権を得ようとするイーダ叔母さんがいる。いったん連れ帰るが、カミーユは逃げ出す。

シモンの機転でカミーユは孤児院に戻ることができ、しばらくすると家族のいないレイモンがズッキーニとカミーユをを養子として引き取ろうとする。

それだけの話だが、子供たちの目を見ているうちに心が打ち震え、最後には泣いてしまう。全体に暗めの押さえた色彩の中で、孤児院の温かい空間がじっと迫ってくる。人形アニメ特有のあえてシンプルな動きが、繊細な心をストレートに伝える。

どうでもいいが、「ズッキーニ」はイタリア語で、映画のフランス語では「クルジェット」。だからだいぶ発音が違うのが気になった。吹き替え版はズッキーニが峯田和伸で、カミーユが麻生久美子、レイモンはリリー・フランキーとのことなので、そちらもいつか見てみたい。

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