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2018年3月16日 (金)

大学改革は間違っていたのか:その(2)

安倍首相の公約の1つは「教育の無償化」だった。所得の低い家庭の学生の学費免除を大学で実施するための条件が文科省から出された。それに対して少し前に「朝日」の社説が反対していた。

文科省の論理は以下の通り。「格差の固定化を防ぐのがこの施策の目的であり、社会や産業界のニーズをふまえ、職業に結びつく教育を行う必要がある。だから対象を、実務家教員が受けもつ授業や、外部から招く理事が一定の割合をこえる学校に限る」

これは文科省が大学の教育内容に口出ししていることを意味する。自分もそうなので言いにくいが、社会人経験者を大学の教員や経営陣に入れたらよくなると言うのは、あまりにも単純だと思う。こんなことを言う総理官邸や文科省は、やはりおかしい。

少し前の「アエラ」では、佐藤優氏がおもしろいことを書いていた。これは「朝日」に出た「奨学金破産1万5千人」のニュースを受けたもので、結論は国立大学は学費を従来の20万円ほどに値下げして入学金はなくし、私立大学は国からの助成金をなくして自由になるべき、というもの。

国立大学については、「競争的資金」をやめて交付金を従来のように増やしたら、かなり学費を下げられるだろう。とにかく成績のいい学生は、国立大学には行けるようにする。今のような国立大学の入学金28万2千円、授業料53万円5千800円はありえない。

私立大学に関して、国からの私学補助金はそもそもどれだけ出ているのか。ネットで見ると約10%のようだ。この金額はたぶん授業料に上乗せ可能だろう。それ以上に、文科省による今の大都市の大規模大学の定員制限がなくなれば(上回ると補助金カット)、すぐにカバーできるのでは。

「学費が高くなっても、それに見合う良質な教育を提供することができるならば、私立大学は学生を集めることができるはずです。国家からの干渉を排除するためにも、私立大学は財政面においても自立することが重要です」

これが言えるのは、優秀な大学だろう。先日神戸からの帰りに乗った新幹線のグリーン車(疲れていたので)で「WEDGE」という雑誌を読んだら、定員割れの大学は勇気を持って閉校をした方がいいという内容の文章があった。定員割れの私学は39%に及ぶと書いてあった。これらが閉校したらどうなるのだろう。

大学の教師になってこの4月で10年目に入るが、とんでもない時代になってきた。

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コメント

僕は、昭和44年に都立大学に入学しました。そのとき、入学金は2000円(都外の人は10000円)、学費は15000円/年でした。そのときの国立大学の学費は12000円だったと思います。その後、36000円に上がったけど。
昭和48年に会社に入って、初任給は6万円。平均より安めだったように思います。土曜日が半日出勤で、初任給が安めのところなら、仕事が楽だろうということを考えて選んだはずなんで。
給与より、学費の上がり方の方が大きいみたいですね。それに、会社に入ったころは、初任給が毎年1万円くらい上がってたし、奨学金の返済に困るというのは、本当に特別な場合のみであったと思います。
前が、よかったとはいいませんが、今がよくなったということもないように思ってます。ただ、戦争が絶対にヤダ、やらない、というような感じはなくなっているような気がします。この点については、よくないことのように思ってます。

投稿: jun | 2018年3月21日 (水) 21時22分

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