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2018年4月12日 (木)

春は人事の話ばかり

高杉良の1988年の小説『辞令』を紹介した文章をどこかで読んだ。30年たっても全く古びていないという。なぜなら会社員にとって人事の話は永遠のテーマだからと書いてあった。確かにそれは思い当たる。会社員の頃、特に春は人事の話ばかりしていた。

私が長く務めたのは新聞社だったから、普通の会社に比べたら専門職の色合いが強いはず。つまり記者をやっていれば幸せというタイプの社員ばかりかと思ったらそうではなかった。意外にゴマすりが多く、それに騙される上司がいて、いいポストを手にする。すると集まって「なんでアイツが」と言い合う。

その文章には会社員が3人集まると人事の話をすると書かれていたがまさにそうで、飲み会のネタの多くは人事に絡む。「あんな人が役員とは」「英語のできない彼がまさか海外に行くとは」「あれは女性だから出世できた」とか、くだらない話をえんえんと続ける。

大学に移って一番良かったのは、こうした話がほとんどないこと。いったん専任講師になれば、普通に教えて論文などの実績を適宜積み重ねていれば、エスカレーター式に准教授、教授と進む。だからゴマをすってもあまり意味がない。私のように最初から教授で入れば、あとはずっと同じ。

会社だと50を過ぎると子会社や孫会社への左遷もよく聞く。元新聞記者の友人が、子会社のビル管理会社の役員をやっていたりもする。ところが、教授が授業の評判が悪いから付属高校に左遷されたという類の話は聞かない。そもそも授業にほかの先生は参加しないから、いいのか悪いのかもわからない。

一応学生の授業アンケートはあるが、それをもとに左遷というのはたぶんない。本当は先生同士が互いに授業に出て意見を述べ合った方がいいとは思うけど、それをやっている大学はないのでは。

あえて言えば、学部長や学長になるとか、そこまでなくても教務部長(または委員長)や図書館長、博物館長などの役職を目指す道もないではないが、多くの教員はむしろ自分の時間を取られる方が惜しいのではないか。

おもしろいのは、新聞社の旧友と会うと、自分の知り合いの「その後」を必死で聞くこと。「部長になったか、ううん」などと言っては昔の調子に戻る。そういうことは、本当は楽しいのかもしれない。


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