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2018年4月11日 (水)

『ウィンストン・チャーチル』の一点突破

劇場で『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』を見た。予告編を見て『ペンタゴン・ペーパーズ』と同じくらい期待していたが、そこまでではなかった。その理由は、ゲーリー・オールドマンによるチャーチルの再現という一点だけで勝負しようとしているから。

もともとチャーチルは、写真や映像でもよく知られている。ところがこの映画ではそのイメージとちょっと違う。せっかちでいつもイライラしていて早口で酒飲みで、最初はいいところが見えない。そもそも彼が首相になったのも、チェンバレン首相が自由党に非難された末であったことが映画の冒頭で示される。

つまり我々日本人が普通チャーチルに対して抱く、独断的だが尊敬される威厳たっぷりのイメージではなく、偶然に首相になってしまい、あらゆる判断で保守党内から批判される存在だった。そのうえ妻には頭が上がらず、新人秘書もうまく使えないほど不器用な男として冒頭に出てくるが、その彼が名演説で英国を勇気づける結末までが描かれる。

英国兵30万人が待機しているダンケルクや4000人が死んでしまうカレーの戦場の場面は少ない。あくまで議論をしながら悩み、演説やラジオの原稿を書いてゆく過程そのものが映画になっている。ほかの政治家はあまりきちんと描かれておらず、彼以外は妻(クリスティン・スコット・トーマス)と新人秘書の2人がくっくりと存在感を見せる。

チャーチルの後半の地下鉄での大衆との会話や終盤の国会での演説はそれなりに感動的だが、見ていてあまり知的には見えない。むしろ乱暴者が勢いだけで国を引っ張っているという気がしないでもない。特に敗戦国の日本からすると、ああいう政治家が日本の敗戦を遅らせて戦争を長引かせ、無駄な死者を増やしたようにさえ思える。

アカデミー賞を取った辻一弘氏によるゲイリー・オールドマンへのメイクは髪の毛の1本1本まで完璧だし、それ以上に彼の乗り移ったような演技は絶賛される価値があると思う。けれど彼だけの映画なのだから、もう少し知的で魅力のある存在にできなかったのか。

監督のジョー・ライトは、カメラを国会の真上に置いたり、流麗に横移動させたりと凝った演出を見せる。カレーで英国兵が爆撃を受けるシーンは、まず首相からの電報を受け取った将校が兵隊を励ましながら歩く様子を見せる。立ち止まって電報を読んでいるとカメラはどんどん上に上がってゆく。そこに飛行機が爆弾を落とすシーンを俯瞰で写す。うまいのはわかるけど。

というわけで、この映画をほめ過ぎる人とはあまり意見があわない気がする。

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