« 「人体」展に考える | トップページ | 春休みにものを捨てる »

2018年4月 7日 (土)

『ブラック・パンサー』のアフリカ度

私はマーベル映画が苦手であまり見ない。だいたい予告編どまりだが、やたらにCGを使い、戦闘シーンが多く、とにかく物量で楽しませる感じに引いてしまう。今回『ブラックパンサー』を劇場に見に行ったのは、「朝日」の国際面で大きく取り上げられていたから。

記事の冒頭に「ヒーローが黒人なのだ。主な舞台はアフリカ。アフリカ系の人たちのルーツへの誇りや自らの可能性に対する思いを揺さぶり、共感を呼んでいる」。調べてみると、監督は『フルートベル駅で』(2013)でデビューしたライアン・クーガーなのに驚いた。

『フルートベル駅で』は、黒人が地下鉄駅で警察に殺された事件をドキュメンタリータッチで描いた作品で、その政治的立場は明らかだった。この監督の2作目『クリード チャンプを継ぐ男』にはあまり政治性はなかったが、「ロッキー」シリーズの後日談としては巧みにまとめていた。

さて新作はどうだったかと言えば、期待していた政治性は皆無だったが、それなりに楽しめた。「ブラックパンサー」と聞いて、マーベルを知らない私はかつてのアメリカの政治団体を思い浮かべたが、その過激さはない。アフリカの架空の国「ワカンダ」を舞台に、若い王の誕生と権力争いを描く。

ロスに住むティ・チャラは国王の父親が亡くなったと聞き、ワカンダに戻って国王に就任する。いわば貴種流離譚だ。彼が帰国すると、万能の鉱物「ヴィブラニウム」から開発した武器は、韓国の釜山で密売されようとしていたことがわかる。そして釜山のカジノで売ろうとしていた武器商人クロウの背後には、ワカンダの血を引くキルモンガーがいたという設定。

まるで「ブレードランナー」の街のような釜山でのカーチェースが素晴らしかったし、何より伝統的なアフリカ的美学や呪術的な世界とハイテクを組み合わせたワカンダの街が魅力的だ。彼らは国際的には農業が主の小国と見せかけているが、実は世界一の深い知恵と技術を持っていた。

結局キルモンガーは新国王の従兄弟で、王族の内輪もめがメインのドラマになる部分はいまひとつ。しかし数少ない白人のCIA捜査官ロスは国王に、武器商人クロウは従兄弟に味方する形であくまでアフリカ人主体でおもしろい。ただ、結局はスパイダーマンのようなバトルスーツを着て、空を自在に飛ぶハイテク飛行機に乗って戦い始めると単なるマーベルになってしまう。

「朝日」に戻ると、この映画は米国では5週連続で入場者数が1位で、ヒーローものでは歴代1位のヒットとなった。「大反響を呼んだのは、映画を通して黒人やアフリカの潜在的な可能性が描かれているからだ」「出演する俳優のほとんどが黒人。監督ら製作幹部も黒人が占める」

しかし私にはそこまでアフリカが表現されているようには思えなかった。美しくカッコいい、ありえない理想の国が描かれて、ドラマは黒人の内輪もめ。使う武器や服や車はマーベルそのもの。これはサイードの書く西洋に都合のいい「オリエンタリズム」でしかない。アフリカ系アメリカ人にはそれでいいのかもしれないが、アフリカに住む人々にはウケないのではないか。

そういえば、国王の従兄弟と武器商人がヴィブラニウムを盗もうするのはロンドンのMuseum of Great Britainだった。これは大英博物館=British Museumとは違うが、なぜこの実在しない美術館の名前を使ったのか、妙に気になる。

|

« 「人体」展に考える | トップページ | 春休みにものを捨てる »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/66567704

この記事へのトラックバック一覧です: 『ブラック・パンサー』のアフリカ度:

« 「人体」展に考える | トップページ | 春休みにものを捨てる »