『母という名の女』にびっくり
いやあ、久しぶりに映画の展開にびっくりした。6月16日公開のメキシコ映画『母という名の女』のこと。ミシェル・フランコという監督の名前は聞いたことがあったが、見ていない。試写を見ようと思ったのはアルモドバル監督の『ジュリエッタ』に主演したエマ・スアレスが出ていたから。
『ジュリエッタ』では、去っていった娘を思う母の切ない気持ちが描かれていた。今回も彼女は母親役だが、全く逆方向へ突っ走る。
最近は試写を見る時、事前にプレスなどを読まない。あくまで自分の目だけで判断するためだが、この映画に関してはそれは正解だった。チラシに書いてある文章も読むとだいぶわかってしまう。だから、この作品の展開の衝撃を味わうには、このブログを閉じて、映画を見た後に読んだ方がいいかもしれない。
冒頭に海辺の家で暮らす姉妹が出てくる。ある朝、17歳のバレリアは同じ年の恋人マテオとセックス中。その姉クララはその声を聞きながら、だるそうに朝食の準備をする。姉は父や母と電話で話すが、バレリアは電話に出ようとしない。どこか不穏な感じだが、そこに母親アブリルがやってくる。
母は娘たちを可愛がり、クララの出産後も面倒を見る。マテオは自分の父親に相手にされておらず、仕事もない。将来の見えない若いカップルを見たアブリルは、あっと驚く行動に出る。さらに娘の恋人マテオを誘惑して連れ去る。
最初は不機嫌な姉妹よりも、明るく親切な母アブリルの行動を見守っていた。何とかうまくいくといいと思っていると、彼女の行動は中盤からタガがはずれてとんでもない。終盤に娘のバレリアに焦点が合って来る。
邦題は『母という名の女』で母を中心にしているが、原題はLas hijas de Abril。英語題がApril's Daughterなので「4月の娘」かと思っていた。ところが映画を見ると、Abrilは母の名前だとわかるし、原題は複数形なので「アブリルの娘たち」。
確かに終始暗い顔をしている姉妹2人の物語として見返すと面白みが増す。バレリアは母とも別居中の父とも打ち解けない。クララの父はバレリアとは別のようだし、彼女の食べ過ぎは明らかに病的だ。バレリアの老いた父は彼女への援助を拒み、37歳も若い女性と子供を作って暮らす。
つまりは、自由な人生を送ってきた父母たちを恨む若い人たちの物語だった。その悪魔的なタッチは、まさに監督が尊敬するというルイス・ブニュエルを思わせる。あまり話題にならないかもしれないが、まさに掘り出し物の1本。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 『東京オリンピック』から『オリンピア』へ(2026.10.15)
- 『襲名』に考える(2026.10.13)
- 『ディスクロージャー・デイ』のおもしろさと不可解さ(2026.10.07)
- 『ナギダイアリー』の新境地(2026.10.01)
- 『ビルマの竪琴』から『花と兵隊』へ(2026.09.27)


コメント