石原慎太郎の『天才』を読む
実は、昔は石原慎太郎にはどこかで魅力を感じていた。北野武や田中康夫などと同じく、滅茶苦茶に見えて時々鋭いことを言う、という印象があった。都知事になってからはただの嫌味になり、辞めてからの築地市場の豊洲移転の弁明はみっともなかったが。
小説はほとんど読んでいないが、最初の『太陽の季節』はそれなりだと思ったし、『弟』は石原裕次郎の話だから楽しんだ。少し前に話題になった『天才』は田中角栄の話だから気になっていたが、今度文庫になったので読んでみた。
文庫なのに文字が妙に大きくて「長い後書き」を含めても200ページ弱なので、1時間少しで読めた。しかし何ともつまらない。彼がこれを書いたのは、田中角栄が自分を意識していたことを示すためだったのではないか。
彼自身が2度出てくる。1度目は佐藤栄作内閣の後半で、「河野一郎の弟の謙三が反旗を翻し、これにあの石原慎太郎が加担して年寄りたちを引きまわし、それにつられた三木派の連中も加担し、重宗(参院議長)は引退に追い込まれてしまった」
もう一度はロッキード事件の少し前で「あの石原が主導して青嵐会の連中が金権政治を唱えて反発してきた」。2度とも「あの」石原と書く。その名も知られた、というつもりだろうか。
この本は「俺」という一人称で進む。冒頭は「俺はいつか必ず故郷から東京に出てこの身を立てるつもりでいた」。ちょうど死んだ角栄が、思い出しながら昔を語る感じ。ただし細部はこれまでに出た角栄本(私はかなり読んでいる)をうまくつないだだけ。
あえて面白いと言えば、田中の政治家に対するコメントだろう。三木武夫に関しては「三木というのはおよそ実務に関わりの薄い、いうことなすことすべて観念的な奴で、女房が森コンツェルンの出だから金に関しても何の苦労もせずに来られた男で、すべて世間の風潮に迎合するところがあり」と、けちょんけちょん。
竹下登については「俺は竹下という男を軽んじるというか、感覚的に受け入れにくいところがあった」「ヘラヘラ口が軽い、大勢の仲間を束ねるにしては同窓の早稲田の連中にからみ過ぎている」
「長い後書き」の最初に「私はまぎれもなく田中角栄の金権主義を最初に批判して真っ向から弓を引いた人間だった」と書く。やはり自分の話がしたいから、この本を書いたのだろう。今後も私は田中角栄関連の本は読むが、石原の本はもう読まない。
そういえば、石原慎太郎原作の中原康監督による傑作『狂った果実』(1956)は裕次郎の初主演作品だが、慎太郎がチョイ役で出ていたのを最近見て気づいた。海岸で長門裕之と一緒で、それぞれの弟(津川雅彦も主演)を見に来た感じでおかしかった。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 『過疎ビジネス』に蝕まれる日本(2026.04.14)
- 椹木野衣『戦争と万博』の世界観(2026.04.02)
- 『アルジェリア戦争』を読む(2026.03.29)
- 高橋源一郎『ぼくたちはどう老いるか』にめまい(2026.03.19)
- 遠藤周作『留学』に考える(2026.02.01)


コメント