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2018年6月12日 (火)

神楽坂からいい店が消えてゆく

4月に飯田橋駅近くの「酒蕎庵 まろうど」に行ったら、「月末に店を閉めて長野に帰ります」と言われた。誠実で穏やかな感じの店長さんがいて、気の利いたつまみと信州のうまい蕎麦を出すいい店だった。30回は行ったと思う。

考えてみたら、神楽坂の端っこに住んで20年余りになるが、かつて通った店がどんどん消えてゆくのを目の当たりにした。別にグルメガイドに載るような店ではないが、昼のランチを食べたり夜友人と行くのに手頃な、家族経営の店ばかり。

忘れないうちに、なくなった「名店」についてメモしておきたい。神楽坂下の飯田橋から行くと、「千代田」は貴重な京料理の店だった。昼の1300円の弁当は抜群だったし、夏になると6千円くらいで鱧づくしのコースをやってくれた。ここは料理人の旦那さんが病気で京都に帰られたはず。

その近くだとちらし寿司で有名な「二葉」。いわゆる老舗で和服の女店長が威張っている感じだったが、1500円のランチの「ばらちらし」は好物だった。夜にコースを取ったら、30分くらいで全部持ってきたので怒ったが。

もうひとつ老舗だと洋食の「田原屋」。ここは漱石や鴎外や荷風が通った店だが、だいぶ古びていた。カニクリームコロッケなどはおいしかったが、いかんせん客がいなかった。これは私が神楽坂に来て2年後くらい、最初につぶれた店だと思う。その斜め前の鰻の「大和田」は一度しか行かなかったが、同じ頃つぶれた。

神楽坂上の交差点付近だと、気の利いた小料理屋として最高だったのが「渡津海」。ここの刺身を上回るものは食べたことがない。梅雑炊も好物だった。30回は軽くいったはず。

その近くの「三好弥」はいわゆる定食屋だが、とんかつやあじなど揚げ物が絶品だった。監督の大林宣彦さんを見たことがあるが、家族連れだったので声をかけなかった。ここは調理人の店主が亡くなられたと聞いた。

さらに上に登ると、洋食の「ピエトロ」。ここの1000円のハンバーグ定食は何度食べただろうか。昭和の洋食屋風の内装もよかった。

さらに上の矢来町付近だと洋食屋の「レストラン・イコブ」。1300円の洋食弁当が夜もあった。夜は2階の席だと新潮社の社員が宴会をしていることが多く、うるさかった。

その近くの江戸川橋通り沿いの「白山」。夜のみの高級店だったが、今の季節だと鮎の塩焼きが抜群だった。ここも料理人の旦那が亡くなった。その並びの「和膳かねこ」もなくなったが、最近近くに「和食ダイニングかねこ」として復活したのが嬉しい。

つぶれた店ばかり書いても行くことができないじゃないか、という人もあるかもしれないが、かつて行った人が懐かしがってくれたらいい。人が亡くなってもそうだが、こうした店は多くの人の記憶の中に生き続けている。

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コメント

いいお店がなくなるの寂しいですね。
ここで、町名がなくなるのも寂しい。
僕の家は、最寄りのバス停は、「角筈3丁目」、近くの小学校は「淀橋第6小学校」、近くに「十二社」の温泉もあった。「角筈」「淀橋」「十二社」の町名はなくなり、全部「西新宿」。
神楽坂近辺は、町名残すよう頑張ってるようです。応援してます。

投稿: jun | 2018年6月12日 (火) 20時35分

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