小津の異色な2本
小津安二郎の映画で、いくつか評判の悪い作品がある。『風の中の牝雞』(1948)や『東京暮色』(58)はその典型だろう。話がとにかく暗いうえに、ほかの作品では見られない「妻の不貞」が大きなテーマとなる。実を言うと、この2本とも見たのは30年ほど前のことだ。
なぜか見る気がしなかった。今回小津をジェンダー的な視点から考えようと思い、この2本をDVDで見た。久しぶりに見て驚いたのは、この2本ではあくまで女性が物語の中心にいることだ。小津の映画は「家」という制度のもとに、最終的に「父」が支配する。ところがこの2本の「父」は弱い。
『風の中の牝雞』は、戦争に行った夫を待つ妻が、病気の子供の治療費を稼ぐために一度だけ売春をしてしまう、という話。それからしばらくして戻ってきた夫と話すうちに、隠しきれなくなってしまう。夫は勢い余って妻を階段から突き落とす。
妻は田中絹代で夫は佐野周二だが、2人とも髪はぼうぼうでむさ苦しい。建設中の石油タンクのそばのあばら家の2階を借りて住む。売春を決意する時、妻は何度も鏡を見て目を伏せる。
それにしても、夫があまりにも自分勝手だと思う。泣き出す妻に「言えないのか」「どこに行ったんだ」「月島のどこなんだ」と大声を挙げる。驚くのは突き落とされた後に、妻はふらふらと自力で階段を登ること。夫は2階で座って待っていて「忘れちゃうんだ」「これからが本当の夫婦になれるんだ」などと言う。そうして立つ男の腰に女はしがみつく。
子供のためを思っての行為だったが、それは妻の裏切りとして否定され、なかったことになる。終盤に話すのは夫のみ。強引に「わかったね、いいね」と言うシーンは、『晩春』の終盤の京都での笠智衆の原節子への説教を思い出す。
それにしても田中絹代が階段から落ちるシーンはすごい。スタントを使ったらしいが、ワンカットで本当にずり落ちる。蓮實重彦氏が書いていたと思うが、小津映画で階段はいつも無人だ。この映画では何度も上り下りが写り、空き缶が上から落ちる。日本酒の一升瓶が置かれたショットもある。
さすがに小津なので、売春の場面は全く見せない。布団が敷かれた部屋が写るのみ。相手の男性が麻雀仲間に「どうだった?」と聞かれて「言うこと聞かないんだ、俺が」と言うセリフのみ。つまり実際は性交が成立しなかったことを示す。つまり「間違い」は本当はなかったことになる。
脚本の斎藤良輔とはこの作品のみで、次の『晩春』から野田高梧に変わる(戻る)。そして男性を中心に据えたホームドラマを作り続ける。女性が前面に出るのはもう1本の「失敗作」とされる『東京暮色』だが、これについては後日書く。
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