« 『終わった人』の職人芸 | トップページ | 『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』の描く1970年代アメリカ »

2018年6月22日 (金)

ボケたのでは

いつの間にか57歳になっていた。最近、ボケたのではと思うことが多い。一番多いのは反対方向の電車に乗ったり、乗り過ごしたりすること。これは前もあったが、確実に増えた。

お風呂で髪を洗ったのにまた洗おうとしたり、歯磨きをしたかどうかを忘れたり。これは自分で確認すればすぐわかるが、一瞬どうだったか迷う。

ダブルブッキングも多い。新聞社から大学に移ったら、アポの数が減った。学生はアポなしでいきなりやってくる。大学教員のアポは学内の会議や外の方との打ち合わせが中心だが、私の場合、週に2、3回。だから最初のうちは手帳に書かなかった。

覚えていると思っていると、これが忘れている。ある時旧知の新聞記者の取材をすっぽかして食事に出かけてからは、必ず手帳に書くようにした。これで安心と思っていたら、最近、書いても手帳を見忘れて失敗した。今は、電車に乗ったら必ず手帳を見る癖をつけようとしている。

最近、新しいボケをやった。見ようと思った映画と違う映画を見てしまった。俳優や脚本家として知られるグレタ・ガーウィックの単独監督デビュー作『レディ・バード』を見ようとしてスクリーンの前に座ったら、始まったのはリン・ラムジー監督の『ビューティフル・デイ』だった。これは既に試写で見て、ここにも書いている。

たぶん検索しているうちに「あった」と見つけて予約したようだ。どちらもカタカナの題名で真ん中に「・」がある。共に女性監督で、はっきり言うと私が苦手なタイプ。そんな共通点があったのだろう。

同じ苦手でもリン・ラムジーは『少年は残酷な夢を見る』にしても『ビューティフル・ディ』にしても、エキセントリックな人物をある美学で描く。そのアート志向が鼻につく。グレタ・ガーウィックは脚本・主演の『フランシス・ハ』を見て、遅れてきたウディ・アレンのようなインテリぶりが気に障った。どちらも自己充足的な映画という点で共通する。

最初にクレジットでBFI=British Film Institutのマークが出た時に「おかしいな」と思った。グレタ・ガーウィックは100%アメリカ人でイギリスからの出資は考えにくい。そして始まると、ホアキン・フェニックスが出てきて「いかん、これは見た」と思った。

結論から言うと、ホアキン・フェニックスの怪演ぶりをあらためて堪能した。時々数字を数えていたのは、子供の時に父親からビニール袋をかぶせて数を数える訓練(というか虐待)を受けていた記憶ということなど、いくつか新しいこともわかったし、まあいいか。

|

« 『終わった人』の職人芸 | トップページ | 『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』の描く1970年代アメリカ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画」カテゴリの記事

コメント

ちょときてるねー。
俺もメモは必須やけど、このブログを書いてるうちは、大丈夫でしょう!
ブログ途切れたら、電話するんで、大丈夫よー。
こっちが先かもしれんけどね!

投稿: 木下 | 2018年6月22日 (金) 21時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/66844056

この記事へのトラックバック一覧です: ボケたのでは:

« 『終わった人』の職人芸 | トップページ | 『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』の描く1970年代アメリカ »