« オゾンの新しい仕掛け | トップページ | 『レディ・バード』の快さ »

2018年7月30日 (月)

『海を抱いて月に眠る』に心揺さぶられる

例の「朝鮮半島」学習の一環ではあるが、深沢潮が今年3月に出した『海を抱いて月に眠る』を読んで、心が大きく揺さぶられた。オビの佐藤優氏の「感動で全身で震える傑作」は誇張ではない。

この小説は「父が死んだ」で始まる。90歳で亡くなった在日一世の父の周りに子供たちが集まる。物語は長女の梨愛の視点で語られる。

そこにもう1つ視点が加わる。1947年に友人2人と日本に渡ってきた父親のものだ。李相周(イ・サンジュ)は何とか5歳上の文徳允(ムン・トクユン)の米穀通帳を入手し、通名、文山徳允(ふみやま・とくのぶ)として日本で暮らし始める。

梨愛と文の語りが交互に出てくるが、中盤で父に冷たかった兄の態度が変わったきっかけとして、20冊に及ぶ大学ノートに記された文の手記を読んだことが示される。今まで読んできたのはそれだったのかと思いながら、後半は手記が中心になる。

文は民団の方針に逆らう韓青(在日韓国青年同盟)に属して政治活動をする一方であらゆる職業をこなしながら生き延び、在日の女性と結婚する。妻への愛情を表すのが苦手で、韓青の活動に力を注ぐ。とりわけ朴正熙大統領を嫌い、日韓条約を批判して日本での金大中氏の運動を支持する。

「私たち朝鮮人は、同じ民族同士で互いを悪魔だと憎しみあい、殺し合っている。
そして日本に来たら来たで、自由に母国語を学ぶ権利を奪われ、抑えつけられようとしている。
そう思うと、悲しみで胸が押しつぶされそうだ。
日本は戦争に負け、占領下ではあるけれど、女性に参政権まである新しい民主的な憲法が制定されたというのに」

文は韓国の弟から母が危篤だという連絡を受け、大使館に一切の運動をやめると誓ってパスポートを出してもらう。そして釜山空港から母のいる病院に向かう。母からの手紙が、手記に挟まっていた。

「ごはんはちゃんと食べているか。
生きていてよかった。
お前に会いたい。
早く帰ってきておくれ。
私は、お前が帰ってくるまで死なないよ。
早く帰ってきておくれ。
ごはんをちゃんと食べるんだよ」

偽名で生きながら、妻と子供2人を何とか育て、祖国への思いを持ち続けた父の実像は、子供たちは全くわからずじまいだった。彼らはようやく死後になって真実を知り、何とか埋め合わせようと動き出す。

かつてインタビュー本『在日一世の記憶』でかいま見た人生のひとつを、じっくりとドラマチックに見せてもらった。これまた知らない世界だった。「在日」など考えなくても、運命を描くミステリアスなドラマとしても十分に楽しめる。

|

« オゾンの新しい仕掛け | トップページ | 『レディ・バード』の快さ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『海を抱いて月に眠る』に心揺さぶられる:

« オゾンの新しい仕掛け | トップページ | 『レディ・バード』の快さ »