ようやく『正しい日|間違った日』を見る
これまで何本のホン・サンス作品を見たか忘れたが(どれも似ているので)、なぜか今回は4本とも見たいと思った。たぶん年を取って、この監督の一見いい加減そうに見えて、なぜか現れる奇跡的な時間に浸るのが楽しくなったのだろう。
3本を試写で見ていたが、この中で一番古い『正しい日|間違った日』(2015)をようやく劇場で見た。今回の4本には1982年生まれの女優キム・ミニがすべて出ているが、この監督の映画に最初に出演したのがこの作品なので、ぜひ見たかった。
確かに「なぜオヤジは若い女に惹かれるか」自体をテーマにしたような、とんでもない映画だ。まず驚くのはその構成で、全体が真ん中で2つに分かれている。前半が「あの時は正しく 今は間違い」という題名が出てきて、後半は「今は正しく あの時は間違いだった」
まるで禅問答のようなタイトルだが、2つの物語がうり二つ。映画監督ハム・チョンス(チョン・ジュヨン)が講演のために水原(スウォン)を訪れて、そこで出会った女性ヒジョン(キム・ミニ)を気に入って飲みに行き、さらに彼女の友人たちの宴会にも合流する。翌日、無事に講演を終えて監督は去ってゆく。
それだけの話で会話の内容はほぼ同じだが、微妙に違っている。一言で言うと、前半がどことなく失敗で後半は少なくとも終わりの気分は悪くない。
前半は、ヒジョンを巧みに誘惑する監督の心の動きを見る。うまく喫茶店に誘い、絵を描く彼女のアトリエに行って、その絵をほめる。そして散歩しながら寿司を出す店に連れ込む。それからヒジョンの先輩の店へ合流する。結局それだけだが、「今まではうまく行っていたのに」という言葉がおかしい。
後半は、前半とどう違うのかを真剣に比べ始める。ちょっとした視線や言葉が違い、互いの心の中は大きく変わってゆく。一言で言うと、後半は監督が素直に感情に従って行動し、いい結果を生む。告白したり、泣いたり、キスされたり、いきなり服を脱いだり。かといって、何が起こったわけでもないが、おかしい。
最近のこの監督の映画の主役は、中年の男、それも監督や大学教授(あるいはその両方)が多い。それが若い女に悩む。悩むが踏み出せない。そんな姿を見るのが、大学で映画を教える中年男の私には無限に楽しい。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- ドキュメンタリーを追う:その(1)ワイズマンからランズマンへ(2024.12.10)
- 『オークション』を楽しむ(2024.12.04)
- 東京フィルメックスも少し:その(2)(2024.12.02)
- 映画ばかり見てきた:その(2)(2024.11.30)
- 深田晃司『日本映画の「働き方改革」』に考える(2024.11.26)
コメント