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2018年7月 2日 (月)

後ろめたい人生

後ろめたい。最近それを久しぶりに意識したのは、私の勤める大学が例のアメフト問題で批判の対象となったから。あんなトップがいる組織から給料をもらっている自分が恥ずかしかった。教授会で偉そうに発言しても何も変わらず、結局のところ負け犬の遠吠えでしかない。

実は朝日新聞のWEBRONZAから「内部から見た日大について率直な意見を書いてください」と頼まれたが、考えた末断った。大学の批判を外に向けて書くならば、辞めてからやるべきだと思ったから。

考えてみたら、いつも後ろめたさはあった。新聞社にいる頃は、新聞というメディアを使ってイベントへの動員を図って収益を挙げようとしてることに対して。展覧会は「観客が多すぎて押すな押すな」にならないと儲からない。そんなイベントは「文化」や「芸術」とは最も遠い。それを知りながらやっていた。

短かった記者時代も、自分が記事を書くことで感謝されることに、どこか後ろめたさを感じた。ましてや大半がよくは知らない美術の記事だったので、いつも申し訳ないと思っていた。

その前の政府機関の頃は、税金を使って、自分でも何のためかよくわからない、ある意味で自己満足のような仕事をしていたことに対して。海外出張の時には、特にそれを感じた。海外の日本大使館の方から夕食の接待を受けたりするのはたまらなかった。まさに「官官接待」。とにかく税金を使う仕事はしたくない、と思った。

新聞社はそれに比べると税金でないから気が楽だ。だけどやはり特権階級で、莫大な広告費を例えば映画会社から巻き上げていることに対して、実際に映画宣伝の担当者に会うと、申し訳ないと思った。

それと文字を書くことには、究極的な「詐欺師」の感じがある。手足を動かさず、自分では何も生み出さずに、ひたすら文字を連ねる。「書くのは簡単ですよね」といつも言われている気がした。

新聞社より大学がいいのは、聞いている学生の反応が手に取るようにわかること。新聞のように見えないマスが相手ではない。それでも特に教え始めた頃はあやふやな知識を話している感じで、後ろめたかった。その点は最近は少しマシになったか。

大学への税金=政府補助金は数パーセントなのであまり気にならないが、それより学生がかなりの額の授業料を払っていることに対して、後ろめたい。大学の予算のうち、授業料収入は6割を超す。そのお金で我々の給料が成り立っている現実は否定しがたい。今の世の中では大学を出ても、学生たちはそう簡単に安定した仕事には就けないのに。

どんな職業だって、人には言えない部分があるかもしれないが、私のこれまでやってきた仕事はことさら「後ろめたい」気がする。このテーマはどうもシリーズ化しそうだ。まだ「後ろめたい」ことはたくさんある。


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