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2018年7月 6日 (金)

太という名前をめぐって

私の名前は太(ふとし)。先日収賄で逮捕された文科省の局長が同じ名前だったので、急に気になって考えた。この官僚は私より1つ上のいわば同世代だが、この名前が多いのだろうか。

私の場合は、父親が野球選手の「中西太」から取ったと聞いている。中西太は、1950年代から60年代にかけて西鉄ライオンズのホームラン王として有名だった。当時、三井三池炭鉱で使う紙袋を作る会社を経営していた父は、たまに福岡で西鉄の選手とゴルフをすることがあった。私が生まれた知らせが来た時はちょうど中西選手とプレーをしていて、その場で名前をもらったという。

父親がゴルフをしていたのは事実だが、本当にちょうど中西選手とコースを回っていたのかは怪しいと私は思っている。父親は今風に言うと「話を盛る」タイプだったので、西鉄の別の選手とプレーをしていたのかもしれない。くだんの局長の名前も、中西選手にあやかってつけたのだろうか。

私が生まれた頃はプロサッカーもなく、野球と相撲が国民の一番のスポーツであり、娯楽だった。「大鵬、巨人、卵焼き」という言葉があるが、この言葉を通産官僚だった堺屋太一が使ったのは、1961年。相撲の横綱と野球の巨人軍、安くて栄養のある卵、この3つが子供の好きなものだった。

いかにも高度成長期らしい保守的な好みだが、私も大鵬や巨人は好きだった。セリーグの盟主の巨人といつも日本シリーズで争っていたのが西鉄ライオンズで、福岡では投手の稲尾和久やバッターの中西太や豊田泰光は「神様」扱いだった。実際に「神様、仏様、稲尾様」という言葉があったはず。

小さい頃、テレビで中西選手がバッターボックスに立つと、酒を飲んでいる父は「おい、太、ちょっと見ろ」と呼んだ。夜9時過ぎで寝ていてもおかまいなし。そんなときには、だいたい内野ゴロとかが多かったが。

私は長い間この名前が嫌だった。「太い」という物質的な意味だけで、あらゆる精神性がない。フランスに行った時、日本の漢字には意味があることを知ったフランス人から、よく意味を聞かれた。「ふとい」「でかい」などと説明すると、みんな吹き出した。

今ではもう嫌ではない。60年近く生きてきたら、いいも悪いもない。時おりこの名前について考えると、得意そうにゴルフをしていた父親を思い出す。それにしても、父のゴルフのファッションは派手な赤や緑が多くて、母や姉がいつも恥ずかしがっていた。

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