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2018年8月30日 (木)

入院して考えたこと:その(5)

これまでいかに手術が苦しかったかを書いたが、その後は実に順調に無事に回復して、今では酒も飲める。あえて言えば、お腹に力を入れるような、激しい運動は避けているくらいか。それから翌日にまで残るような「大酒」はやめている。

入院して思った一番のことは、「病院は患者中心には動いていない」という、当たり前のこと。あらゆることは医師が決めるので、「歩いていいか」と言った相談は看護師は答えられず、医師が来た時を捕まえて聞くしかない。ところが医師がいつ来るかは全くわからない。

そもそも私の場合は4人いた。当初手術をすると思っていたI先生が一番上で、一日に一度暇な時に突然来る。そのほか、ベッドに名前を書かれた髭のM先生と若いM先生のどちらかあるいは両方が、インターンのような若い医師を連れてくる。

「傷口のガーゼはいつ取るんですか」とI先生に聞くと、「それはM先生の判断に任せます」と言ったりもする。その逆もあった。こちらはとにかく医者が来たら聞くべきことをメモしておかないと、聞き忘れてしまう。

もともと臍に小さな穴を開けて内視鏡を入れることさえ、手術の前日しか聞いていない。入院の期間も「1週間くらい」としか言われなかった。これも前日にようやく「うまくいけば6泊」と聞いた。いざという時はほかに数個の穴を開けたり、開腹手術もあるうるから、不確かなことは事前に言わないのだろうが。

退院の2日前に、I先生に退院後の診察日を聞くと、「(髭の)M先生と相談してくれ」と言う。M先生がやってくると、こちらの都合も聞かずに日時が決められていた。その日はダメなので別の日を希望すると、退院日にようやく知らせが来た。時間はもちろん先方が決めていて、こちらの都合は聞かない。

要するに医者と患者の間は「コミュニケーション」ができない。あくまで先方の都合だし、不必要と思えば患者に教えない。せめてメールでもネットでも患者から必要なことを聞けるシステムがあればいいのだが。

曲がるストローなどは病院が用意すべきだと思っても、そもそもそういう意見を述べる場所がない。アンケートさえもない。入院などめったにないから、多くは「命令」をおかしいと思っても聞く。

今や大学でも年に一度学生の授業アンケートがあるのだから、病院でもそれぐらいやった方がいいのでは。彼らは患者の声なんて聞きたくないのだろうが。「病院」は日本でも相当に遅れた世界だと思った。そうでない病院があれば、知りたい。


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