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2018年8月18日 (土)

入院して考えたこと:その(2)

別に隠すことでもないし友人には話しているので書くが、今回の入院は胆石の手術だった。もともと胆石は10年と少し前の健康診断でその存在が指摘されて「要検査」と言われた。新聞社にいた終わりの頃ですぐに推薦された大学病院に行ったが、半日費やした検査の結果は「様子見」だった。

それから大学に移っても、毎年の健康診断で「胆石」が指摘された。さらに「胆泥」「胆嚢腺筋腫症」などもだんだん加わった。保健室からも検査を勧められて、5年ほど前に自分の大学の病院に行った。消化器内科に3か月に1度、計3回通ったが、結果は「様子見」だった。

その時はまた3か月後に来たらと勧められたが、「調子が悪くなったら来ます」ということにした。それから5年ほどたって、定期健診の結果、今度は本当に病院に行けと言われた。

大学病院で待たされるのが嫌で迷っていたが、ある時、自宅の近所の個人医院のサイトを見た。そこには胆石手術もやっていると書かれていたので、ある時ふいと行ってみた。

そこで検査をされると、「手術を勧めますが、うちより大学病院の方が慣れていますから」と紹介されたのが、5年前に通った大学病院の消化器外科。紹介状をもらって行くと、そこの医師は超音波やMRIなどのデータを見て、「時間のある時に手術をした方がいいと思います。今なら時期を選べるが、今後突然痛みが来たら即入院で大変でしょうから。特に外国にいたりしたら」

「外国」という言葉が効いた。ベネチア国際映画祭で毎晩ワインを飲んで倒れて、現地の病院に運ばれるさまを想像した。ベネチアには空港からサン・マルコ広場やリド島に行く水上バスの各駅停車に乗ると、途中に「オスビダーレ(=病院)」という駅がある。島全体が病院のような感じで横長の巨大な無機質な建物が見える。

階級の差が激しかったイタリアでは、第二次世界大戦頃までは病院に行くのは貧乏人だけだったというのを読んだことがあった。いかにも貧乏人が死にに行くようなベネチアの「オスビダーレ」に、自分が入院するのは避けたいと思った。

そこで「じゃあ手術をしましょう」ということに。最初はGWに予定していたが、手術の翌週に授業をするのが怖くて、夏休みに延期した。そしてとうとう夏休みが来て、入院することになった。しかし、日が近づくにつれて、不安になってきた。続きは後日。

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