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2018年8月17日 (金)

日本統治下の韓国映画:その(6)『志願兵』と『朝鮮海峡』

日本統治下の韓国映画で日本語が強要されるのは、実は1943年あたりからだ。『志願兵』(41)と『朝鮮海峡』(43)は、韓国人が志願兵に応募することを賞賛する映画であり、明確なプロパガンダだ。一番の違いは、『志願兵』では日本語は半分も使われていないのに、『朝鮮海峡』では全篇日本語であるという点だろう。

それにもかかわらず、映画を見た印象は、『志願兵』の方がよりプロパガンダ色が強く思える。こちらは、『朝鮮海峡』のような強いメロドラマがないからかもしれない。

「朝鮮陸軍特別志願兵令」が公布されたのは1938年2月26日。この制度に応募することが「愛国心」を見せる絶好のチャンスとなった。『志願兵』の監督は安夕影(アン・ソギョン)、で当時のほかの多くの監督と同じく日本留学組。

映画は「光輝ある皇紀2600年を迎え、我ら半島映画人はこの一篇の映画を南総督に捧ぐ」で始まる。南総督とは1936年から6年間朝鮮総督を務めた南次郎で、志願兵制度も創氏改名も彼の時代に行われた。

林春浩(崔雲峰=チェ・ウンボン)は田舎の小作農民だが、京城の地主・朴昌起(金一海=キム・イルヘ)から小作人を変えると言われて悩む。そのうえ、婚約者の芬玉(文芸峰=ムン・イェボン)が別の男といるのを見てしまう。一方芬玉は春浩が地主の妹を案内しているのを見て、勘違いする。

前半はまさに憂鬱さが全体を覆っているが、春浩はある時志願兵募集の新聞を見て、応募する。彼の出征を知った地主の朴はその勇気を讃え、小作人を再び春浩に任せる。春浩は「愛国婦人会」のタスキをかけた芬玉に見送られて列車に乗る。

とにかく前半は暗い。一人で畑を耕したり、海を歩いたり。芬玉はそれを遠くから見守る。志願すると決心した春浩は、「我等も軍人になれるんです。帝国軍人になるんです」と言い、芬玉と2人で歩く。最後は日の丸に囲まれて出征し、美しい芬玉のアップで終わる。

朴基采(パク・キチェ)監督の『朝鮮海峡』も、不幸な前半が志願兵になることで一掃される内容。全編日本語にも関わらずプロパガンダ臭が薄いのは、その不幸が「親の望まぬ結婚」で、妻役の錦淑(文芸峰)の健気な様子が涙を誘うから。

特に男が出征後子供が生まれてからは痛々しい。陸軍の市中大行進に、子供を背負って出かけて懸命に夫を探すが会えない。この場面は木下恵介の『陸軍』(44)を思い出させる。木下監督はこの映画を見たのではないか。さらに夫が戦地に行く時も、ぎりぎりのすれ違いで会えない。

日本の病院から妻に電話があったり、終盤に夫の両親が病気の彼女を見舞いに来るシーンには泣いてしまった。当時の韓国でこの映画が空前のヒットというのもわかる気がする。それにしても、文芸峰(ムン・イェボン)という女優は何と悲劇的な役がピッタリの女優だろうか。


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