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2018年8月 2日 (木)

もう一度だけ、夢の話

最近韓国のことをよく考えているせいか、先日見た夢は、敗戦後に釜山で帰国船を待つというものだった。中国や韓国の船は戦勝国なので、安全だが運賃が高かった。美空ひばりは中国の船で帰っていった。私は金がなくて日本の船を待った。

そして船に乗ったあたりで、目が覚めた。正確に言うと、乗ろうと押し合いながら大騒ぎしているところで、手に力を入れて「ああっ!」と声を出して自分の声で起きた。手が突っ張った感じで、のどはカラカラ。

なぜか、大島渚の映画に悩まされたこともある。『絞死刑』という題は憶えていたが、ほかが場面は思い出せても題名が出てこない。一生懸命思い出そうと、大声を挙げていた。夫人の小山明子さんや崔洋一監督や坂本龍一氏もいたのは、大島監督のお葬式を思い出したのだろうか。彼らは何も知らない私にあきれていた。

大島監督には確か3度お会いしている。いつもご機嫌の優しい表情が蘇って、何とも申し訳なかった。

夢でパリにいることは多い。ところがおおむね日本語を話しているし、日本の知り合いと会う。先日見た夢で、私はパリで「何でも屋」をやっていた。友人のお母さんを美容室に連れて行ったが、そこで彼女はなぜか泣き出した。

同じアパート住むアフリカ系家族がスペイン旅行に行くのを手伝ったこともあった。希望を聞いてネットで予約していたが、なぜか日本の旅館を探していた。「とにかく、誰にも丁寧に」がモットーだった。

最近、韓国の民主化運動に巻き込まれたのは、『タクシー運転手』や『1987』(9月8日公開)の影響だろうか。私は逃げる男子学生をかくまい、食事を作った。それがなぜかパスタだったりするからおかしい。作っている場所は、九州の実家のようだ。

学生時代にパリに留学し、その後も仕事でよく外国に行ったので、夢は外国がらみが多い。大学で教えてもうすぐ10年だが、まず大学関係は出てこない。毎日の日常は夢になりにくいのかも。

論文を書くために第二次大戦下の映画ジャーナリズムについて調べていたら、その晩に真珠湾攻撃直後の東京の夢を見たこともあった。私は映画評論家に反応を聞いていたが、それがなぜか佐藤忠男さんだった。彼は当時はまだ小学生だったはず。

夢の話は、今後よほどおもしろい話がなければ、これでおしまいにする。

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