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2018年9月10日 (月)

最古参になってしまったベネチア映画祭:その(9)

まだまだベネチアの話を続けたい。後半で胸に突き刺さったのが、ネットフリック製作でポール・グリーングラス監督の22 July「7月22日」。2011年にノルウェーのオスロで77人が死んだテロ事件の再現だが、事件自体は最初の30分もない。

143分もあるのにどうなるかと思ったら、事故が起こってからの被害者や周りの人々の変化を丹念に描く傑作だった。まずは主人公の少年ヴィラーが重傷を負って病院に運び込まれ、両親がそこにたどり着くまでを描く。

ヴィラーの奇跡的な回復と、両親や事故で助かった弟、妹を亡くしたアラブ系の同級生などの変化を克明に追う。一方で裁判は進み、犯人の考えが明らかになり、弁護を引き受けた弁護士も苦悩する。あるいは首相が冷静に事件に対処するさまも描かれる。

結果としては、143分画面に吸い付けられるようにして見た。トーンは抑制が効いて無駄がなく、ドキュメンタリーのよう。それでいて、世界を覆う現代のテロについて深く考えさせられる。今回の映画祭の賞にはほぼ同意するが、この映画の無冠は残念。

イタリアのマリオ・マルトーネ監督のCapri-Revolution「カプリ革命」は、1914年頃、カプリ島に住む若い女性ルチアが自由に目覚めるさまを描く。そのきっかけは欧州各地から集まった自由主義者のコミュニティを見たことで、彼らが裸になってダンスし、肉食を嫌い野菜を育てるさまにひかれてゆく。

一人の若い田舎娘が自由に目覚め、言葉を覚えようとする過程が丁寧に描かれていて好感が持てた。兄たちが戦争に行き、自分はアメリカに移民をするラストもいい。しかし実際にあったというコミュニティは、どこかリアリティに欠けている気がした。

ジュリアン・シュナーベルのAt Eternity's Gate「永遠の門で」は、画家ゴッホの晩年を描く。弟の画商テオとの交流、ゴーギャンとの共同生活、南仏の地元の人々との衝突、精神科医との友情などが生々しく描かれる。

ゴッホを演じるウィレム・デフォーが、周囲に合わせられず孤独になってゆくゴッホの姿を、痛々しいほどに演じている。ゴッホの目に写る世界が、デジタル技術を駆使して、まるで彼の絵画のように再現される。ウィレム・デフォーは男優賞を取ったくらい素晴らしいが、時々入る黒い画面も含めて、演出が技術的な巧みさに頼っているように思えた。

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