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2018年9月21日 (金)

『きみの鳥はうたえる』の現代性

佐藤泰志の小説は、なぜか最近よく映画になる。熊切和嘉監督『海炭市叙景』(2010)、呉美保監督『そこのみにて光輝く』(2014)、山下敦弘監督の 『オーバー・フェンス』(2016)と続いて、三宅唱監督のこの映画が出てきた。

正直に言うと、この4作で一番よかった。何より文学臭がないのがいい。『そこにみにて光輝く』はもう70年代や80年代のATG映画みたいで、「文学」が一番濃厚だった。『海炭市叙景』はそれに比べるとまだいいが、やはり過去の雰囲気に頼った甘さが気になった。

この叙情過多な2本に比べると、『オーバー・フェンス』は軽い。オダギリジョーのいい加減な感じが映画ならではの楽しさを出している。鳥の求愛を踊る蒼井優の不思議な感じもいい。ただし、最後までどこにも定まらない。そのいい加減さが、山下監督らしくはあるけれど。

今回の『きみの鳥はうたえる』で、初めて佐藤泰志の文学が現代の映画になった。本屋でバイトをする「僕」役の柄本佑とその友人・静雄役の染谷将太は一緒に暮らしている。そこに入ってくるのが、「僕」の同僚の佐知子役の石橋静河。最初から最後まで、3人の俳優が生の感じを画面に刻印している。

3人とも将来のことは考えず、偉そうな大人には逆らうが、ふだんは感情を抑えて淡々と生きている。石橋は店長(萩原聖人)の恋人だったが、自分から柄本に近づいて関係を持つ。染谷は2人を静かに見ているが、次第に石橋と仲良くなってゆく。

それだけの話だが、何とも濃厚な時間が過ぎる。3人で飲みに行ったり、卓球やビリヤードをしたり、ラップを聞いたり。濃紺の夜が、少しずつ開けてゆく。現代の若者ならではの、沈黙と居直りと不安が漲る。柄本と染谷がダブルベッドに寝ているのも抜群だ。柄本はその上段で石橋と関係を持つ。

不敵な笑いを浮かべる柄本がその身体の物質感で画面を支配する。石橋はそのストレートさが『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017)よりもいい。あえて性的な場面を見せずに、情念の強さを存在で示している。

時おり入る音楽や港の音もいい。最後に音がふっと消えて、クレジットで海鳥や列車や船の音が聞こえ始める。最後の最後まで画面に浸る快感があった。『万引き家族』や『寝ても覚めても』もそうだが、今年の日本映画は豊作だ。

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