« 最古参になってしまったベネチア映画祭:その(4) | トップページ | 最古参になってしまったベネチア映画祭:その(5) »

2018年9月 4日 (火)

縄文人の話

ベネチアの話ばかり続いたので、違う話もしよう。最近「縄文展」を見て気に入ったことはここに書いたが、ちょっとびっくりする文章を読んだ。講談社の『本』というPR誌はなぜかだいぶ前から自宅に送られて来るが、中屋敷均氏の「科学と非科学―その間にあるもの」の「第9回 縄文人と弥生人」がすごい。

「人類はアフリカで誕生した」「世界各地にいる男性のY染色体を調べると多くのバラエティがあり、それらはおおむね発生した年代順にAからTまでのタイプに分けられる」

A、Bは今もアフリカにいるピグミー族など。C、Dのグループが日本にやってきたのは「3万年くらい前のこととされている。そう、彼らが「縄文人」と呼ばれることになる人々である。

CやDの後にアフリカを出たK型の子孫は、「西洋人の重要なルーツの一つであるインド・ヨーロッパ語族を形成するR型や中国の漢民族などを形成するO型などがあり、現代人男性の実に半分以上がこのK型に由来する」「彼らはその強い影響力でどんどんテリトリーを広げることになるが、その子孫が日本にやってきたのは今から3000年ほど前のことである。そう、O型のY染色体を持つ「弥生人」と呼ばれる人々だ」

D型は、いまやK型やO型に蹴散らされて、日本、チベット、インドの離島などにしかいない。日本でも沖縄や北海道が中心。しかし日本は島国だったせいで「日本民族の最大の特徴となっているのは、この世界的にも希少なD型Y染色体を持つ人類(縄文人)の血を色濃く受けついでいることである」

「縄文時代には、人を志向した、いわゆる「武器」が存在しておらず、殺傷人骨はほとんど見つからない。争いを好まない穏やかな人たちだったのだろう」「こういった縄文人の性質は、「争いを好まない」、「忍耐強い」、「細かな工夫」といった、日本人を日本人たらしめている気質に今も残されている」

結論。「日本に残されている「縄文人の血」は、平和と工夫を愛する、貴重な古い人類の血である。それを未来に伝えることが日本人に課せられた世界的な使命ではないかと私は思っている。争い好きなK型子孫同士のいざこざには、決して近づかず、高みの見物が一番だ」

「K型子孫同士のいざこざ」とは昔なら米ソ、今なら米中の戦いだろう。日本人は「高みの見物」をする染色体を持っているとは、何とも嬉しい話。私は長年、日本人は非論理的で抽象的、戦略的思考に弱いと思ってきたが、それは縄文人だからだと思えば、いいじゃないか。

私は眉毛や髭が濃く、見た目は「縄文人」。ところが頭の中は実に戦闘的で「弥生人」だと思う。もう60歳も近いので、これからは心も縄文人を目指したい。

|

« 最古参になってしまったベネチア映画祭:その(4) | トップページ | 最古参になってしまったベネチア映画祭:その(5) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 縄文人の話:

« 最古参になってしまったベネチア映画祭:その(4) | トップページ | 最古参になってしまったベネチア映画祭:その(5) »