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2018年9月14日 (金)

映画以外のベネチアの話:その(2)

前に書いた通り、今回新聞記者は、朝日、読売、毎日、共同、時事が来た。朝日の石飛記者は6年ぶりで、ほかは初めてだが、2人はほかの映画祭の経験がある。みんなが口を揃えて「ベネチアは最高」と言った。今年のベネチアは確かにコンペのレベルが高かった。

しかし彼らの「最高」は、食べ物がカンヌよりうまいということもある。どこも当日の予約で十分だし、気楽な店ばかり。しかし一番いいのは、あの夏の終わりの不思議な空気ではないだろうか。

まだ暑さの激しい8月末に、ベネチアに行くというのは、何か悪いことでもしているような罪悪感に駆られる。それほど「ベネチア」という言葉は軽やかだ。音に忠実に書くならば「ヴェネーツィア」だろうが、名前だけで海の前の宮殿やヴァポレット(水上バス)やゴンドラや飛ぶ鳥が浮かんでくる。

今年、『斬、』を出品した塚本晋也監督が、空港からボートに乗ってリド島に向かう快感について語っていたが、乾いた空気を感じ、ボートへの水しぶき、たくさんの飛ぶ鳥たちを見るだけでもう嬉しくなる。

この映画に出た池松壮亮さんは、前回の映画祭がベルリンだったこともあってか、日本のマスコミ向けの囲み取材で「わっ、田舎、と思った」と口にしたが、それが魅力でもある。住民は年配の富裕層が中心で、保養の観光客は金持ちばかり。大きなスーパーは船着き場に1つあるだけで、水一つ買うのも苦労する。

映画祭の関係者の多くは、船着き場から会場までの徒歩20分ほどの間にある小さなホテルに泊まる。通常の時期の3倍になる安ホテルには冷蔵庫や冷房がなかったり、蚊が多かったり、壁が薄かったり。まるでキャンプでもしている感じ。

毎日朝8時半から映画を見るが、カンヌに比べるとジャーナリストも映画業界も人が少ないせいか、朝や夕方の上映は「プレス+業界」が同じ回に入れる。プレスはカンヌほどの階級制度はないし(基本は日刊紙=赤、月刊誌=青の差)、業界は金さえ余計に払えば赤のカードが入手できる。

カンヌのように最低でも30分前、カードの階級が低いと1時間前ということはなく、5分前でも入れないことはまずない。つまりは、カンヌの殺気立った雰囲気はゼロで、みんなが和気あいあいと映画を見る。

私はこれまでたぶん20回くらい参加した。日経に書くようになった2014年からは5回連続で、もはや年に一度の道楽に近い。ホテルは高いので日経以外にいくつか記事を書いても完全に赤字だが、やめられない。いつまで続くのだろうか。65歳で大学を定年になるまでは続けるかもしれない。

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