『運命は踊る』の普遍性
ちょうど1年ほど前のベネチアで見たサミュエル・マオズ監督の『運命は踊る』を試写で再見した。日本では9月29日の公開だが、実を言うと去年のベネチアで審査員グランプリをもらった時、ちょっとびっくりした。
金獅子賞の『シェイプ・オブ・ウォーター』を始めとして、ほかの賞はほぼ納得のいくものだったが、この作品は正直よくわからなかった。だから見直したいと思った。
2度目に日本語字幕付きで見ると、評価された理由がよくわかった。軍隊(それもイスラエル軍の検問所勤務)の理不尽さと運命の不条理さと人間の愚かさを、スタイリッシュな映像で描いた力作だった。
映画は3つに分かれる。まず、息子ヨナタンが死んだと言う知らせが自宅に届く中年夫婦を描く。妻は倒れこみ、夫のミハエルは呆然とする。兄がやってきたり、病院にいる母に会いに行ったり。やってきた従軍ラビが葬儀について説明するが、ミハエルは怒り出す。そして、しばらくして息子の死が誤報だったことが伝えられる。
次は検問所が舞台。ヨナタンと3人の軍人が機械的に検問をしている。土砂降りの中にドレスアップした男女を立たせてもお構いなし。彼らは決められた通りに検問を済ませるだけだが、ある間違いが起こってしまう。
ヨナタンを待つ夫婦の会話。2人の関係とヨナタンのこれまでの生き方があらわになってくる。そして最後の最後にとんでもない事件が起こる。
いかにもモダンなアパートに住む成功した男が、自分の息子のことになると取り乱し、やりたい放題。あげくにはこれまでの生き方を妻に非難される。さらには自分で秘密をさらけ出す。中年男性の私はやはり身につまされる。
一方で検問所の若者たちの規則通りの生活の無意味さ。なぜか彼らの住むコンテナは、毎日傾き続ける。これまた私は若い頃に役所に勤めていた頃を思い出す。「自分は悪くない。これは規則だから」という諦め。
たぶんベネチアで見た時は、『シェイプ・オブ・ウォーター』や『スリー・ビルボード』のようなわかりやすい秀作が多かったこともあり、十分な想像力を働かせることができなかった。日本語字幕もあって、今回は普遍的な作品に見えたし、同時に自分の問題としても見ることができた。
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