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2018年9月 1日 (土)

最古参になってしまったベネチア映画祭:その(2)

昨年思ったのだが、1992年がベネチア初参加の自分は日本人では最古参に属する。若い新聞記者をおいしいレストランに連れて行ったりするたびに、そう思う。かつては、ベネチアはもっと華やかだった。

少なくとも60年代まではカンヌよりも断然に上だった。その後も90年代半ばまでは、年によってはカンヌを上回る作品があった。カンヌの一人勝ちが始まったのは、21世紀になってからではないか。そして2008年のリーマンショック以降、アメリカ人映画関係者が金のかかるベネチアを敬遠し、映画売買の場を1週間遅れのトロント映画祭に移した。

2005年くらいまでは、買い付けをする日本の配給会社は20社くらいいた。ギャガのようなインディペンデント大手は一社で10人以上いた年もあった。ところが彼らはほとんど見なくなった。みんなトロントに行ってしまった。

それに伴って、フリーのライターも減った。逆に新聞記者は前より少し増えたかもしれない。今年も朝日、毎日、読売、共同がいる。邦画(塚本晋也の『斬、』)があることもあるが。日本人は新聞記者とライターが合わせて10名強で、あとは出品する邦画の関係者が上映日に合わせて来るだけ。

上映作品自体は、ここ数年はパワーアップしている。去年の『シェイプ・オブ・ウォーター』のように金獅子賞がアカデミー賞につながるケースも増えており、アメリカ映画が増えた。今年は『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼルの新作などが揃う。

さらに今年はネットフリックスがカンヌと揉めて、コーエン兄弟やアルフォンソ・キュアロン、ポール・グリーングラスの新作がベネチアに流れた。そのほか、マイク・リー、ヨルゴス・ランティモス、オリヴィエ・アサイヤスなどのカンヌ常連作品もコンペに出ている。

そんなこんなで、コンペの顔触れは今年のカンヌよりも豪華かもしれない。数本見たが、レベルもかなり高い。とりあえず数日間で一番よかったのは、アルフォンソ・キュアロンのROMA「ローマ」だった。

白黒で1970年代前半のメキシコシティのある家族を描いたものだが、中心となるのは若いメイドのクレオ。先住民出身で、もう一人のメイドのアデラとは自分たちの言葉で話す。クレオには恋人ができるが、子供ができたと知ると去ってしまう。

一方、雇い主の主人は医者だったが、妻に仕事でカナダに行くと嘘をついて愛人と暮らし始める。妻は4人の子供を抱えているが、妊娠したクレアの面倒を見ながら、生きぬくことを決心する。

まるで最近のフィリピン映画のような生々しい現実を描く作品で、戦後イタリアのネオリアリズモ映画をも思わせる。ネットフリックスの製作だが、確かに白黒でこんな暗い内容だとアメリカのメジャーは敬遠しそうだ。その意味で作家の映画にとって、配信の時代は新たなチャンスかもしれない。

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