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2018年10月24日 (水)

母のお見舞い:その(1)

最近、九州に住む母に会いによく行く。7、8年ほど前か、家の前で転んで足を骨折してからだと思うが、入院したと思ったら、その後リハビリ施設や介護施設と病院を行き来するようになった。最初は、家にいてもいいのではと思うくらい元気だった。

年に2度は行ったが、少しづつ自分で歩けなくなっていった。最初は杖を突いていたが、だんだん歩行器が必要になった。それでも記憶は確かで私が行くと、すぐに名前を呼んで喜んだ。

幸いにして母は実家で姉家族と同居していたので、近くの施設に入ってからも、毎日姉が着替えなどの必要なものを持っていってくれる。だから私は時々行って様子を見るだけだったが、せめて定期的に行くことにした。

前回までは、自分が新聞や雑誌に書いた文章を持ってゆくと、「いっちょんわからん」と言いながら喜んで読んでいた。東京で買ったお菓子を持ってゆくと、すぐに開けた。最初の頃はすぐに食べていたが、だんだん「後で食べるね」と言うようになった。

もともと母親はストレートで不愛想なところもある(つまり私のように)。30分ほど話すと、「もういっぱい話したけん、帰らんね」と言うことがあった。わざわざそのために東京から来たのだから、私は何とかごまかしごまかし1時間ほどいた。

そんなことを繰り返しているうちに、母は80代後半になった。だいぶ弱くなったが、それでも7月末に会った時は元気で、私が帰る時は歩行器を押して歩いてエレベーターまで見送りに来てくれた。ところが最近、脳梗塞になった。足が妙な具合に腫れているのを施設の方が気づき、すぐに病院に連絡してくれたらしい。

集中治療室に入ったと聞いて心配していたが、姉の話だと会話はできるらしい。ようやく先日病院に行くと、ちょうど一般病棟に移ったばかりだった。最初に私の顔を見て、母は自分の弟の名前を呼んだ。「違う、太ばい」と言うと「そうやった」と笑った。

記憶は大丈夫のようだが、手足が自由に動かせない。特に左半身が難しそうだ。話していると時々言葉が出てこない。こちらが推測して教えると、「そうやったね」と笑う。

今回は2時間ほどいたが、これまでのように「帰らんね」と言わない。ただ「疲れたばい」と何度か言うので病院を後にした。これからは、もっと頻繁に通うしかない。

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