『ゾンからのメッセージ』に笑う
レイトショーだけの公開の映画が増えた。私は早寝早起きなので、夜の11時に終わる映画はとても無理。だから鈴木卓璽監督の『ゾンからのメッセージ』は友人数名がほめていたが、見なかった。ところが、最近昼間にやっていると聞いて、見に行った。
見る前は、「ゾン」は「ゾンビ」のことだと思っていた。というか、『ゾンビからのメッセージ』だと勘違いしていたくらい。ところが映画を見始めたら、これはタルコフスキーの名作『ストーカー』のことだと思った。このロシア映画で「ゾーン」は願いがかなう場所だが、そこから帰った者はいない。
一方、こちらの映画の中には「存自慢」というラベルの酒が置いてある。「ゾン」は「存在」の「存」かとも思う。ところが映画自体はタルコフスキーとも「存在」とも無関係なほど、いいかげん。というより、あえてチャチに作ってある。子供が考えたSF映画みたい、と言えばいいのか。
酒が置いてあるのはのは、BAR「湯」。なんという名前のバーだろう。そこで働く二人の女性は夜は一応着物を着ているが、およそ客商売をしているふうではない。舞台は埼玉の田舎。青年の一歩はゾンに憧れて、ビデオカメラを持って、そこを目指す。彼を気に入っているらしい若い女性のレミは止めようとする。
その田舎で怪しげな自己開発セミナーをするのが、30歳くらいの賢治。彼の友人の貫太郎は20年前にゾンに姿を消していたが、ある時帰ってくる。一歩は飛来してきたVHSのビデオを見るが、何も映っていない「砂嵐」。
空にはシネカリグラフィーのアニメがかぶさり、ゾンへの入口を思わせる穴にも別の黒いアニメが見える。このチープ感覚は、映画全体を覆う。バーの女性二人もとても演技とは思えない。というより、出ている人全員がそのままで出ていて、生々しい存在感がありあり。
結局何も起こらないので117分はちょっと長い。しかし終わりの頃には埼玉の田舎の風景も馴染んできて、登場人物の顔がなぜか愛おしくなる。「あきら」がバーをやめて海に行き、また戻ってきてオーナーらしき「道子」と話すあたりの情緒がいい。
スクリーン・サイズが8ミリからスタンダード、8ミリ、ビスタと変わる。映画自体の撮影シーンも出てきて、映画を撮る映画なんだともわかってくる。というか、よくわからないが。
映画美学校の製作で、俳優コースの生徒たちが演じているという。最近は監督が映画学校や大学で教えることが増えて、学生を使って撮った映画が増えている。石井岳龍も大森一樹も高橋伴明も、みんな生徒と一緒になってあえて素人めいた映画を作っている。その中でもこの映画は、本当に素人さが充満しているのに、プロにしかできない味わいもあって大いに笑った。
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