『自衛隊の闇組織』の衝撃
先日、母の見舞いに九州に帰った時、空港に向かう電車で講談社のPR誌『本』を読んでいた。そこには講談社新書『自衛隊の闇組織 秘密情報舞台「別班」の正体』を書いた石井暁氏が、自作について2ページで紹介していた。私はそれを読んで息を飲んだ。
石井氏は共同通信の記者で、陸上自衛隊が身分を偽装した自衛官を「別班」として何人も海外でスパイ活動をさせているという記事を2013年12月に配信した。この本はその顛末を書いたものだが、記事が出た数日後に知り合いの自衛隊幹部から「最低限、尾行や盗聴は覚悟しておけ」「ホームで電車を待つ時は最前列で待つな」と言われたという。
記者が駅のホームで自衛隊に突き落とされる図を想像したら、その本がどうしても読みたくなり、空港の書店で何とか入手した。そして飛行機の中で、2時間、あっという間に読んだ。
正直に言うと、『本』の2ページが実に簡潔に内容を伝えていたので、1冊読んでもあまり新しい情報はなかった。それでも、新聞記者が一つの特ダネを追い続けた様子は手に汗を握るほどおもしろかった。
最初に「別班」を知ってから記事になるまで、5年半にわたり約50人に取材したという。これが少しでも証言した人の数で、断られた人を入れたら倍になるらしい。主な取材の様子がここで書かれているが、最後に記事になった時の高揚感と、他紙が追わなかったこともあって忘れ去られてゆく焦燥感にはたまらないものがあった。
「別班」とは、自衛隊がロシア、中国、韓国、東欧などにダミーの民間会社をつくり、民間人として送り込んだ「別班員」がスパイ活動をさせていること。そして極めつけは、首相も防衛相もその存在を知らないことだ。つまり文民統制の外にあって、戦前の関東軍を思わせる。
その「別班員」になるには、陸上自衛隊小平学校の心理戦防護課程を終了する必要がある。その学校に入るための面接試験に「休憩時間に行ったトイレのタイルの色を言え」と尋ねられたりするらしい。まさに戦前の陸軍中野学校そのもの。
その課程を首席で終了した者から別班員を選ぶ。別班員は、出身校の同窓会に出席するな、友人と飲むな、年賀状を出すな、近所づきあいも禁止、自宅には表札を出すな、などあらゆる社会生活を否定される。だから半数は「壊れる」という。
記事を出す3日間に、記者は防衛庁に行き、事務次官と陸上幕僚長の携帯に電話して直接記事が出ることを伝える。「今すぐ海外にいる別班員を出国させてください」と言うために。記事が出たら別班員は外国政府に拘留される可能性があるから。
記事は共同通信の契約各紙ではトップ扱いになり、国会でも質問が出たが、結局は何も変わらなかった。特定秘密保護法の成立にも影響は与えられなかった。それでもこの記者は今も「別班」を追い続けている。新聞はそんなもんだし、それでもこういう記者の姿はいいなと思った。
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