「働き方改革」への違和感
世の中では「働き方改革」が流行っているらしい。一言で言うと、会社員が当然のように夜まで働くのを止めて、早く家に帰って家族を大事にしよう、ということ。それ自体は実にいいことだが、個人的には違和感もある。
一つは自分が今大学にいて、大学では事態が全く逆に進行しているから。私が教え始めた10年前は、年に授業は25回くらいだった。ところが今は文科省の指導で30回厳守となった。実は、この5週の違いは大きい。夏は7月半ばまで授業だったのが、7月末までとなる。夏休み明けも9月末から半ばになった。
さらには休日にも何日かは授業をやる。もちろん教員のみならず、職員も出勤しなくてはいけない。そのうえ、大学への助成金を削って競争的資金が増えたから、大学からはできるだけ教員がそれらに応募するよう勧められる。その書類の手間が半端でない。大学に関しては、文科省は関係者の仕事量を増やす方向にまっしぐらだ。
それでも20年以上会社員をやっていた私から見たら、大学の世界は「今までが暇すぎた」という考えもわかる。しかし自由な時間を減らされた学生はかわいそうだと思う。大学生は授業に出ればいい、というものではない。図書館に行ったり、仲間と自由に議論したり、学内外の活動に参加したりする時間が必要なはず。
まあ、大学はたいした問題ではない。私が心配なのは、職場で「もっと働きたい」という若手がいなくなることだ。自分が情熱をかけた仕事の場合、夜中まで仕事したり、土日出勤しても全く苦痛にならない場合が多い。少なくとも自分はそうだった。残業手当がなくても、とにかく仕事をしたかった時期があった。
もちろん昔と違って今はパソコンがありネットがあるので、自宅でもできることは圧倒的に増えた。だからいわうる「仕事を持ち帰る」ことで多くは解決はつくが、やはり資料は会社に行かないとなかったり、同僚と話し合う必要があったりするはず。
今後は、猛烈に働くのは個人事業者やフリーだけになるのだろうか。そして決められた時間だけ働く会社員との差がどんどん開くのだろうか。それはいやな感じだ。
働くことが本当に楽しい時がある。自分の30代から40代前半がそうだったが、その頃は世の中を制覇したような高揚感に溢れていた。もちろん後から客観的に見たらたいしたことはなかったが、ある意味では人生で最も幸せな時期だった。
こう書くと、世の中の多くは私のように能天気な多幸症ではない、残業で本当に苦しんでいる人が多いと言われそうだ。この問題は、ほかの多くの問題と同じく、結局個人次第へとたどりつく。
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