目覚まし時計のない生活
目覚まし時計を使わなくなって、たぶん5年くらいたつ。こう書くと「大学は暇だから」と言われそうだが、週に2日は朝8時半に家を出ているし、年に4、5回の入試の時は8時前に出る。それでも目覚ましは使わない。
なぜかと言えば、だいたい遅くとも6時半には起きるから。早いと4時に起きる。なんせ自宅で夕食を取る時には、早ければ21時半、遅くとも22時半には寝てしまう。21時半から8時間寝ても5時半だ。実際に8時間寝ることはよくある。
私は昔から「忙しそう」「よくそんなにこなせるね」「どんな時間の使い方をしているの」「せわしないね」と言われてきた。少なくとも大学2年生の時に、好きだった女性から言われたのははっきり記憶している。今もそれは同じか、たぶん加速している。
唯一の違いは、今は「寝たいだけ寝る」こと。時間はなるようになる。ある時間でできることは一生懸命やるが、物忘れも多い。みなさまにご迷惑をかけているが、起きている時間はできるだけ動く。
ただし、睡眠は別。年を取ると、楽しみが減る。食欲も性欲も落ち、服や時計などの物欲も減った。昔のようにいつも本を買いたい知識欲も減った。その分、「たっぷり寝る」ことが最大の喜びとなった。目覚ましをかけずに、寝たいだけ寝る。
この究極の自然体を始めたら、「眠い時に寝る」癖がついた。一番は「瞬間睡眠」で、電車に乗ってわずか3駅でも疲れていると眠ることがよくある。起きたら次の駅、というのはほぼない。その分、なぜか映画を見る時に寝なくなった。これは「寝ない」と決めているからだと思う。
睡眠を自分の意志で自由にできるようになると、体の調子がよくなる。「意志」というより、自然に任せるというか。8時間寝ると仕事がはかどる。気分がよくなり、他人に優しくなる、たぶん。
しかし朝方はいつも変な夢を見る。最近は新聞社時代の夢が多い。仲間外れにされたり、上司をなぐったり。これについては後日。
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