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2018年12月

2018年12月31日 (月)

ゴールはどこ?

少し前の「日経」の朝刊文化面に沢木耕太郎氏が書いていた「ゴールはどこ?」という文章が気になった。彼が公園で散歩していると、老女から「ゴールはどこですか」と話しかけられたという。「なんのゴールですか?」と聞いても、「ゴールには……どう行けばいいのですか」と言うのみ。

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2018年12月30日 (日)

年末に『家へ帰ろう』

年末にスペイン=アルゼンチン映画『家(うち)へかえろう』を見た。最近は中南米の映画は時々とんでもない傑作があるから、アルゼンチンの監督と聞いて気になった。いくつか新聞評も見たし。

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2018年12月29日 (土)

母のお見舞い:その(6)

また母の見舞いに行った。病状が悪化した11月末から4回目。行くのに、東京の自宅から病院までドア・ツー・ドアで4時間半から5時間半かかる。4時間半で着くのは、飛行機が全く遅れず、福岡空港からの特急などの接続がうまく行く時だけ。

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2018年12月28日 (金)

『私は、マリア・カラス』を見る

最近はそっくりさんの音楽映画が増えた。大ヒットの『ボヘミアン・ラプソディ』はその典型だが、マリア・カラスもこれまで何度もそっくり映画が作られた。今回見に行ったのは、未公開の映像をふんだんに取り入れたドキュメンタリーだと聞いたから。

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2018年12月27日 (木)

今年はつらかった:その(2)

さて5泊の手術入院が終わって自宅に戻り、途中まで書いていた原稿に取り掛かろうとしたら、上智120人、早稲田200人分の試験の採点があった。実は自分の大学も採点はあったが、こちらは通年なので後回し(最近ようやく終わった)。

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2018年12月26日 (水)

『プティ・カンカン』に戦慄

久しぶりに映画に戦慄を覚えた。「カイエ・デュ・シネマが選ぶ フランス映画の現在」で上映されたブリュノ・デュモン監督の『プティ・カンカン』(2014)のことで、フランスで4年前にかなり話題になっていたが、今回初めて見た。

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2018年12月25日 (火)

ついでに見た展覧会2つ

年末についでに見た展覧会についても書き留めておきたい。「ついで」と言ってもつまらないわけではない。まずBunkamuraザ・ミュージアムで1月27日まで開催の「ロマンチック・ロシア展」は、ユーロスペースで学生の映画祭をやっている時に見た。この展覧会の魅力を語るのは難しい。

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2018年12月24日 (月)

ブルーノ・デュモンのジャンヌ・ダルクを見る

「カイエ・デュ・シネマが選ぶ フランス映画の現在」に行ってみた。場所はアンスティチュ・フランセではなく、ユーロスペース。見たのはブリュノ・デュモン監督の『ジャネット、ジャンヌ・ファルクの幼年期』(2017)。この監督はかつては『ジーザスの日々』などが日本で公開されていたが、最近は来なくなった。

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2018年12月23日 (日)

『フェルメール 最後の真実』にない真実

秦新二、成田睦子著の『フェルメールの真実』を読んだ。秦氏は美術業界では「知る人ぞ知る」存在だ。オランダ美術界に強力な人脈を持ち、今世紀になってからの何度かのフェルメール展を(たぶん)すべて支えた人だ。

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2018年12月22日 (土)

『ボヘミアン・ラプソディ』に唖然

先日、アイフォンがおかしくなったので、新しい機種に買い替えた。3年ほど使ったが、バッテリーがすぐなくなる。交換しようと思ったがそのアポを取るのが大変で、結局本体を買い替えた。スウォッチの時計のベルト部分が3年もすると壊れるのと同じで、そういう設計をしているのだろう。

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2018年12月21日 (金)

今年はつらかった:その(1)

いつの間にか年末になって思うのは、「今年はつらかった」。まず、5月くらいに五十肩で左手が自由に動かなくなった。だんだんひどくなり、シャツを着るのにも一苦労になった。理由ははっきりしている。

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2018年12月20日 (木)

学生の映画祭も8年目:その(5)

学生の映画祭についてあと1回だけ書く。国立映画アーカイブから借用した清水宏監督の『ともだち』(1940)を再見した。日本人の少年が朝鮮の小学校にやってきて地元の男の子と仲良くなるという、わずか13分の映画だが、奥が深い。

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2018年12月19日 (水)

母のお見舞い:その(5)

毎週のように福岡の実家に通って田舎の道を歩きながら思い出すのは、当時の商店街ばかりではない。一番は小学生や中学生のエピソードで、最近は東京に戻ってもある時ふっと蘇る。私は実は「いじめっ子」だった。

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2018年12月18日 (火)

学生の映画祭も8年目:その(4)

映画祭「朝鮮半島と私たち」は無事終わり、入場者数はこれまでで最多の2622人を記録した。これまでの最高が2年前の「宗教映画祭」の2112人だから、一挙に500人を超したことになる。その理由はわからないが、1つは在日コリアンの方があるベースを作ってくれたと思う。

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2018年12月17日 (月)

母のお見舞い:その(4)

母の見舞いに毎週末のように福岡の実家に帰る。私の家は県南の鹿児島本線の小さな駅から徒歩3、4分のところにあるが、小さい頃駅から自宅までにあったいくつもの店がみんななくなっていた。

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2018年12月16日 (日)

日本映画史はマッチョの嵐か:その(2)

黒澤明の『羅生門』(1950)は、戦後日本映画が海外に進出する契機となった映画として知られている。翌年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を取り、欧米で公開された。その後1950年代は欧州の映画祭を時代劇が席巻した。

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2018年12月15日 (土)

松涛美術館で廃墟の展覧会を見る

学生の映画祭で1週間渋谷のユーロスペースに通ったが、空いた時間に渋谷区立松涛美術館に足を運んだ。たまたま歩いていたら、1月31日まで開催の「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」展のポスターを見たから。

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2018年12月14日 (金)

学生の映画祭も8年目:その(3)

学生企画の映画祭「朝鮮半島と私たち」も今日で終わる。結果としては、8年目で過去最高の入場者数(たぶん2500人超)になりそうだ。それはすばらしいが、私としては「何も起こらなかった」ことに安堵している。

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2018年12月13日 (木)

めまいのする『今夜はひとりぼっちかい?』

高橋源一郎という小説家は、かつては『さよなら、ギャングたち』や『優雅で感傷的な日本野球』が大好きだったが、最近はエッセーしか読んでいない。今回読んだ『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』は、内容がごった煮的で小説かエッセーかもわからないが、ある種めまいのするような感覚があった。

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2018年12月12日 (水)

『マチルド、翼を広げ』の小さな魅力

1月12日公開のノエミ・ルヴォウスキー監督『マチルド、翼を広げ』の試写を見た。現在、学生の映画祭をやっているユーロスペースの地下で試写をやっていたのが行った一番の理由だが、これが隠れた宝石のような魅力を持っていた。

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2018年12月11日 (火)

学生の映画祭も8年目:その(2)

今回の映画祭「朝鮮半島と私たち」の目玉は、崔寅奎(チェ・インギュ)、方漢駿(パン・ハンジュン)共同監督の『授業料』(1940)。なにせ、初めて学生の映画祭で海外の映画アーカイブ(韓国)から借りてきたのだから。もちろん、学生がいきなりコンタクトしたわけではない。

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2018年12月10日 (月)

デュシャンの油絵を見る

マルセル・デュシャンと言えば、展覧会場に便器を並べた「レディメイド」だ。あるいは私のように映画史を教えていると、『アネミック・シネマ』という抽象的な映像になる。ところが先日、東京国立博物館で「マルセル・デュシャンと日本美術」展を見て驚いた。

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2018年12月 9日 (日)

学生の映画祭も8年目:その(1)

大学で学生企画の映画祭を始めて今年で8年目。教え始めたのが10年前だから、3年目の年から始めたことになる。去年は「映画と天皇」がテーマだったが、今年は「朝鮮半島と私たち」とさらに切り込んだ内容になった。

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2018年12月 8日 (土)

美人の話

年をとってわかるようになったこともあれば、永遠に謎のこともある。私にとって益々わからなくなってきたのが、「美人」というもの。ある女性を見たり、その写真を見てよく「美人ですね」と人は言う。私は「えっ、どこが?」と聞き返すことが多い。

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2018年12月 7日 (金)

『未来を乗り換えた男』の快い複雑さ

最近はあまり試写に行っていないが、久しぶりに1月12日公開の『未来を乗り換えた男』の試写を見た。監督はこれまで『東ベルリンから来た女』などを作ったドイツのクリスチャン・ペッツォルトで、この監督は2005年から3年間ドイツ映画祭をやった時に2本紹介した。

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2018年12月 6日 (木)

なぜか『月と六ペンス』を読む

私の高校の英語の授業で、半田先生はイギリスのサマセット・モームのエッセーをテキストに使っていた。その英文が当時の私にはかなり難解だったため、この小説家には長年マイナスのイメージが残っていた。その後、モームの名前を聞くたびに、初老の半田先生の渋い顔を思い出した。

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2018年12月 5日 (水)

『バルバラ』のめくるめく世界

「日経」の金曜映画面で中条省平さんが短評ながら4つ星で「必見の珍品」と書いていたのが気になって、マチュー・アマルリック監督の『バルバラ セーヌの黒いバラ』を劇場で見た。確かに「珍品」で、見ていて面食らうような、めくるめく世界が展開する。

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2018年12月 4日 (火)

久しぶりのムンク展

久しぶりにムンク展を見た。その前は30年近く前の出光美術館だと思う。新聞社の事業部に入った頃で、名義主催(新聞社の名前貸し)でオープニングに行った出光美術館は帝劇の隣にある。たまたま翌日は日本橋三越で別の展覧会のオープニングだったので、「今日は帝劇、明日は三越」と笑った記憶がある。

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2018年12月 3日 (月)

『ア・ゴースト・ストーリー』の心地よさ

学生に「おもしろい」と言われた映画は、できるだけ見に行くようにしている。最近言われて見たのはデヴィット・ロウリー監督の『ア・ゴースト・ストーリー』だが、何と映画通向けの渋い佳作だった。

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2018年12月 2日 (日)

デュラスとゴダールの謎の対談集

シリル・ベジャン編『ディアローグ デュラス/ゴダール全対話』がおもしろかった。小説家、映画監督のマルグリット・デュラスと映画監督のジャン=リュック・ゴダールの変人同士の言いたい放題の何度かの対談を集めたもので、2016年にパリで知り合った若い友人の福島勲さんが翻訳した。

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2018年12月 1日 (土)

ザンジバルからネストラーへ

たまに誰も見ないようなマイナーな映画を見たくなり、アンスティチュ東京やアテネ・フランセ文化センターに行く。最近同じ日に行ったのが、アンスティチュの「ザンジバル」特集とアテネのペーター・ネストラー監督特集。どちらも全く知らなかった。

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