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2018年12月28日 (金)

『私は、マリア・カラス』を見る

最近はそっくりさんの音楽映画が増えた。大ヒットの『ボヘミアン・ラプソディ』はその典型だが、マリア・カラスもこれまで何度もそっくり映画が作られた。今回見に行ったのは、未公開の映像をふんだんに取り入れたドキュメンタリーだと聞いたから。

実は去年の9月に彼女の展覧会を見て感激した記憶があった。パリ郊外のセーヌ川のスガン島に作られたばかりの「ラ・セーヌ・ミュージカル」という音楽施設で開かれたもので、ヴィスコンティがカラスのオペラの演出をしている場面など、見たことのない映像があった。

このドキュメンタリーの監督のトム・ヴォルフはその展覧会の監修もしていたので、これは期待できるぞと思った。その期待は裏切られなかった。

基本的には、彼女へのインタビューや歌う場面や取材に答える映像と、友人への手紙の朗読(読むのはファニー・アルダン!)からなる。ありがちな彼女を知る人が彼女について語る映像はなく、まさにどこを切ってもマリア・カラスしかない。

1950年代前半から有名になり、世界中のオペラ座で「椿姫」や「ノルマ」や「トスカ」や「マクベス」を歌う。57年にギリシャの海運王のオナシスと出会う頃からマスコミの餌食となる。さらにローマのコンサート途中で体調不良で舞台を降りたことが非難の的となり、バッシングが続く。

映画はこうしたできごとを年代順に映像を見せながら丹念に追う。1973年の東京でのコンサートまで。途中からは痛ましくて見ていられないくらいだが、彼女の大きな目と口は力強く、そして歌声や話す声は止まらない。

そして1977年、53歳での死。この映画はあえて葬儀などは見せずに、ストンと終わる。こんな純度の高い音楽ドキュメンタリーはめったにない。過去のアーカイブ映像を徹底的に調査するだけで、こんな映像ができるとは。「読売」で恩田記者がほめていたが、さすが。

ところで、私は20代後半から30代前半はオペラばかり聞いていた。たまたまイタリア語を勉強していたこともあり、「椿姫」のある一節などはイタリア語ですべて歌うことができる。この映画で出てくるオペラはほぼすべてCDを持っている。そんなこともあって1時間54分はあっと言う間だった。

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