« 『プティ・カンカン』に戦慄 | トップページ | 『私は、マリア・カラス』を見る »

2018年12月27日 (木)

今年はつらかった:その(2)

さて5泊の手術入院が終わって自宅に戻り、途中まで書いていた原稿に取り掛かろうとしたら、上智120人、早稲田200人分の試験の採点があった。実は自分の大学も採点はあったが、こちらは通年なので後回し(最近ようやく終わった)。

試験をすべて選択式にしておけばよかったのに、自分の大学でやるようについ7割を記述式にしてしまったのも失敗だった。お盆前の丸3日、朝から晩まで採点ばかりした。もちろん採点のような単純作業は何時間も続けられないので、時々原稿を書く。

ようやく採点が終わると、課題と出席数をパーセントにして足し、100点満点で点をつける。それからそれをネット上で入力。自分の大学だと助手と読み合わせをするが、それもできないので1人でやった。案の定、上智で1人間違えたが、9月にその学生から質問が来て訂正した。

それからとにかく2万字の原稿を書いた。既に必要な単行本を大学から20冊ほど借り、雑誌は大量にコピーしていたので、自宅の作業。退院後は月末まで3週間近く、根が生えたように自宅に籠った。

それからベネチアへ行った。これは実は行くかどうか最後まで迷っていたが、病院で聞くと「たぶん、大丈夫ですね」とのことで、出発した。ベネチアのことはここでも書いた通り、朝日の石飛記者を始めとして知り合いが多かったので、何も考えずに毎日2~4本映画を見て毎晩プロセッコ(ベネチアあたりのスパークリング)を飲み、魚介のパスタやフライを食べた。

ベネチア、パリ、リヨンの2週間強は天国だったが、帰国すると大学の雑務が待ち構えていた。まず帰国から3日目に入試があり、それが終わると授業が始まる。授業前には来年度の研究費の申請など大学へ出すべき書類も多い。さらに学生企画の映画祭もチラシのゲラがあがり、印刷寸前。

ベネチアの報告は日経新聞に書いたが、去年から書いている「キネマ旬報」も今年は締め切りが早かった。日経はパリから送ったが、こちらは帰国後すぐ。そして授業に突入。そのうえ、某学会の機関誌編集長まで引き受けた。10月からは母の容態が悪化し、週末は福岡に何度も行くことに。

そのまま12月まで走り続けた。大学も自宅も机の回りは郵便や本や資料でふさがり、片づけたのは12月になってから。それでも酒は飲み続けた。酒と言えば年末に大失敗をしたが、これは後日。

|

« 『プティ・カンカン』に戦慄 | トップページ | 『私は、マリア・カラス』を見る »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/67523101

この記事へのトラックバック一覧です: 今年はつらかった:その(2):

« 『プティ・カンカン』に戦慄 | トップページ | 『私は、マリア・カラス』を見る »