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2018年12月20日 (木)

学生の映画祭も8年目:その(5)

学生の映画祭についてあと1回だけ書く。国立映画アーカイブから借用した清水宏監督の『ともだち』(1940)を再見した。日本人の少年が朝鮮の小学校にやってきて地元の男の子と仲良くなるという、わずか13分の映画だが、奥が深い。

日本人の横山少年(横山準=爆弾小僧)は、朝鮮服を着ている李少年に関心を持つ。李少年は貧しくて制服が買えなかった。休み時間に横山は彼を追いかける。李少年は逃げる。追いつくと、自分の服装を脱ぎ、彼の朝鮮服と交換してしまう。追いかけて来た同級生たちはびっくりしてその2人を見る。

朝鮮服に注目すると、同年に撮影されたドキュメンタリー『京城』(これも国立映画アーカイブ所蔵)も違って見える。例えば駅や街の通りは背広や軍服と同じくらい朝鮮服が見られる。しかしゴルフ場となると背広ばかりで、朝鮮服はキャリーさんだけ。西洋風のレストランは、制服と軍服と給仕の洋服のみ。

もちろん背広や軍服のなかにも朝鮮人はいるだろう。彼らは日本の企業や官庁に勤めたり、志願兵として日本の軍隊にいるのかもしれない。

崔寅奎と方漢駿の共同監督『授業料』では、学校では田代先生は軍服のようなもの、女生徒はセーラー服、男子も軍服のような大きなボタンのシャツを着ていて、朝鮮服はいない。ところが、主人公の栄達と仲良くなる貞姫は、野原で栄達とめだかを取るシーンではチマチョゴリとなる。

田代先生に好意を寄せる教え子のお姉さん(金信哉)は、たえず美しいチマチョゴリを優雅になびかせる。栄達の祖母はかなり痛んだ朝鮮服を着ている。最後のお祭りのシーンで初めて栄達少年が朝鮮服を見せる。お祭りで踊っている人も全員朝鮮服。そして帰ってきた栄達の両親も朝鮮服だった。「ともだち」のように、貧しいから朝鮮服ではない。

日本語や制服を学校で強制しても、学校の外では無理で、みんな朝鮮語を話し、朝鮮服を着る。秋の祭りでは、朝鮮式に楽器を揃えて、歌い踊る。文化の強制はある程度以上は無理なのだろうが、映画にはそれが現れている。

ところで国立映画アーカイブの冨田美香さんの講演では、この映画が日本で公開されなかった最大の理由として、同じ東和商事配給のレニ・リーフェンシュタールの『オリンピア』が大当たりしたことを挙げた。私の見る限り、この時期の朝鮮映画のナンバーワンだが、当時公開されなかったのは本当に惜しい。

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