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2019年1月25日 (金)

原節子の激情

原節子と言えば、「永遠の処女」であり、「アルカイック・スマイル」が定着しているが、彼女が眉毛を立てて怒る場面がある。彼女が3年前に亡くなって、誰かが黒澤明の『わが青春に悔いなし』が実は重要だと書いていた。もちろん普通は『東京物語』や『晩春』などの小津安二郎の作品を挙げる。

蓮實重彦氏は、「朝日」の彼女の追悼記事で『山の音』を取り上げていた。もちろんこれは成瀬巳喜男へ少しでも世間の関心を促そうという蓮實さん特有の戦略である。それにしても『わが青春に悔いなし』はまず誰も挙げない。そもそも黒澤の中でも言及されることの少ない映画だ。

『わが青春に悔いなし』の原節子は、大学教授の娘役で、設定としては彼女のイメージ通り。ところが彼女が結婚する父の教え子は、戦時下に反政府的と見なされて投獄され獄中死する。彼女は夫の田舎の実家に生き、周囲の反発をよそに必死で農作業に打ち込む。

手足も顔も泥だらけになりながら、何かに取りつかれたように田植えをする激情に駆られた原節子の姿は、確かにほかの映画では見たことがない。黒澤の映画としても、女性を主人公にするだけでも珍しいのにその女が働いて世の中を変えようとするのだから、ほかにはない。

最近、戦時中の映画が気になってDVDを見始めたら、『上海陸戦隊』(1939)に同じような原の表情があった。この映画は原の義兄である熊谷久虎の監督作品で前から気になっていた。もともと彼女が映画界に入ったのは、姉の夫の熊谷の勧めだった。そして日独合作映画『新しき土』(1937)で原がドイツ、フランス、米国を回った時も、なぜか同行している。

原節子が結婚しなかったのは、熊谷と関係があったという説もあるが、それは置いておく。とにかく熊谷の強い影響下にあったのは事実で、『上海陸戦隊』は熊谷の映画への原の初出演作。そのうえ、脚本が「読売」の映画記者の澤村勉(「朝日」の津村秀夫と共に好戦的記事を連発)だから、なお気になった。

この映画で原節子が演じるのは、何と中国娘。中国人たちが日本兵からおにぎりをもらって食べるのを見て、眉毛を釣り上げて怒り、「そんなものをもらって恥ずかしくないのか」と叫び、握り飯に手を出す女を叩く。彼女は日本兵に殴られるが、唾を吐き返す。

もちろん映画は、この後に日本兵が自分たちを守る人々だと彼女も理解し、日本の勝利を祈るという流れになっている。だから反日分子も日本を理解してくれるというメッセージだが、あれほどに過激な中国娘を演じるとは。

『新しき土』で急にスターになって、帰国後「大根役者」と呼ばれた原が義兄の映画をきっかけにやり直そうと思ったのか。とにかくこれと『わが青春に悔いなし』は、「大根」時代の原に大きな転機を与えたのは間違いなさそう。

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