母の死:その(2)
母の通夜や葬儀の間に、私の頭の中では2本の映画が巡っていた。小津安二郎監督の『東京物語』(1953)とイタリアのマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督『輝ける青春』(2004)だが、時代も国も違うこの2本を結びつける人はあまりいないのでは。
『東京物語』は、戦後日本の家族の物語。老いた両親が東京の息子たちを訪ねた後、母は亡くなってしまう。子供たちは葬式のために尾道に集う。『輝ける青春』は、1966年から半世紀のイタリアのある家族の変遷を兄弟を中心に描く。
「家族もの」が共通点だが、実は2本とも子供の多い家族を見せる。『東京物語』は男(山村聰)、女(杉村春子)、男(戦死して未亡人が原節子)、男(大坂志郎)、女(香川京子)の5人。『輝ける青春』は、女、男、男(ルイジ・ロ・カーショ)、女の4人。
さらに共通点は母が魅力的なことと、最後に亡くなること。『東京物語』の母(東山千栄子)は、でっぷり太った大きな母で(小学校で椅子を壊したエピソードが語られる)、穏やかを絵に描いたような感じ。医者の長男の家で、土手の上で孫と遊ぶ姿が記憶に残る。
『輝ける青春』では、アドリアーナ・アスティ演じる母が、長男が自殺した時の悲嘆にくれる姿が強烈だ。そして長男に息子がいたことがわかり、ストロンボリ島に会いに行って、一緒に暮らす。海を前に孫と話す姿は、『東京物語』が原型かもしれない。
私は葬式でお坊さんの読経を聞きながら、『東京物語』の母が死んだのは大阪だったか尾道だったか、『輝ける青春』の母が死んだのはどんな場面だったかなどとつらつらと考えていた。いま落ち着いて思い出すと、いずれの映画も死の瞬間は映画で見せていないことに気づく。
私も母が亡くなった瞬間には立ちあえなかった。夜遅く訃報を聞いて翌日飛行機で駆けつけた時には、既に白装束を着て化粧を施されて棺桶に入れられていた。そんなに急がなくてもいいのに。
長年映画を見過ぎたせいか、人生が映画に見えてくる。
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