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2019年1月17日 (木)

『川島雄三は二度生まれる』を読む

福岡への飛行機の往復で、川崎公平、北村匡平、志村三代子という気鋭の若手研究者の編著『川島雄三は二度生まれる』を読んだ。日本映画史を少しかじれば、川島雄三が謎の存在であることがよくわかる。『幕末太陽伝』のような傑作もあれば、駄作も多い。

そもそも45歳で亡くなったのに、51本も撮っている。監督をしていたのは、わずか19年。その間、松竹、日活、東宝系、大映を渡り歩くが、DVDになっていない作品も多い。そのうえ実家が青森の寒村で同族結婚を繰り返して、病気持ち。いろいろな意味で「神話」になりやすい監督だが、本当のところはわからない。

この本の「序」で編者の川崎公平が書く通り、「川島の作品は、驚くほど論じられずにきた」「川島をめぐる言説は奇妙な空洞化状況のもとにあり続けた」。この本は、「とにかく第一歩を踏み出したい」という意図のもとに、最新の映画史研究の手法を用いて迫ったもの。

まず、最初の四方田犬彦の文章に驚く。「川島の松竹時代は、さながらブニュエルにおけるメキシコ時代に対応している。彼はここで11年間に24本という驚異的な数のB級フィルムを監督した」「わたしはかつてフォン・シトロハイムからブニュエル、勅使河原宏、金綺泳まで、世界映画史における生物学主義者の系譜を辿ったことがあった。……われわれは今、この系譜のなかに堂々と『愛のお荷物』の監督を招き入れることができるだろう」

ブニュエルなどの世界映画史に組み込むあたりは、さすが四方田氏の面目躍如。彼のような芸当でなくても、この本は示唆に満ちている。例えば、川島の映画に有名な排尿のシーンがある。これは論者によってさまざまな分析がなされている。

志村三代子は、排泄を「人間に潜在する欺瞞をアイロニカルに浮かび上がらせる」とし、以下のように書く。「川島映画における男性の排泄に比肩するのは「女同士の喧嘩」であろう。/女同士の喧嘩は、意中の男性をめぐる嫉妬に象徴される女性特有の醜悪さを強調するための表彰であり」。そして左幸子と南田洋子の掴み合いで有名な『幕末太陽伝』を始めとするいくつもの女の喧嘩の場面を描く。

北村恭平はこれを「液体」という視点から見る。そして川島映画に頻出する「水」のイメージへとつなげる。『女は2度生まれる』の大雨や『幕末太陽伝』の「女同士の喧嘩」のお湯や水をかけるシーンを説明する。「「液体の連鎖」は、メロドラマによる情動的感動と違った仕方で、人間の生命力や美醜を冷徹に見つめながら愛そうとする、独創的な作家のまなざしを浮かび上がらせている」

さらに長門洋平は音の観点から排泄を分析し、それを川島映画におけるジャズの使い方に結びつける。「風俗映画作家・川島雄三は、当時の卑近な「現実」に結びついた聴覚的要素を巧みに使いながら、その物語世界を立体化する」

いやはや、おもしろい。ほかにも「目からウロコ」の論文ばかりで(後日触れたい)、今後の川島雄三研究の基礎となる本になることは間違いない。それにしても、今後、私の学生は川島をテーマにした卒論が書きにくくなるだろう。

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