トリエステに思いを馳せる
3月15日公開のハンガリー映画『サンセット』についてはここに2回も書いたが、もう1つ気になることがあった。主人公イリスがハンガリーのブダペストを訪れる前に住んでいた「トリエステ」という街だ。
彼女は2歳の時に高級帽子店レイターを営んでいた両親が火事で亡くなり、親戚を頼ってトリエステに引っ越してそこのシュワルツ帽子店で働いていた。
トリエステは今はベネチアに近いイタリアの街だが、1919年まではオーストリア=ハンガリー帝国の領土だった。長靴の形をしたイタリア半島の付け根の下側の部分で、むしろスロヴェニアに食い込んでいるので海の向こうにイタリア半島がある。
そんな異郷性を持つ国境の街のせいか、詩人のウンベルト・サーバ(サバ)、作家のスザンナ・タマーロやイタロ・ズヴェーヴォなどが生まれ育ち、ジェイムス・ジョイスも滞在している。作家の須賀敦子は、『トリエステの坂道』という短編のなかで、サーバに憧れてトリエステに旅行した時のことを語っている。
「ドイツ語文化圏との精神的なつながりを全面的に断ち切るにはいたらず、トリエステ人は尊敬と憧れと憎しみの入り組んだ感情で、これもすでに過去のものとなったウィーンの文化や人々を眺めている」
「サバのなかにも綿々と流れている異国性、あるいは異文化の重層性。ユダヤ人を母として生まれただけではなくて、サバはこのトリエステという、ウィーンとフィレンツェの文化が合流し、せめぎ合う街に生きたのだった」
映画の主人公の名前「イリス」も彼女がトリエステで勤める帽子店「シュワルツ」もユダヤ名。つまり、ブダペストで両親が死んで(たぶん殺されて)、ユダヤ人ネットワークで彼女はトリエステに送られたのだろう。すると1913年を舞台にしたこの映画が、ナチスのずっと前の反ユダヤ運動を描く映画に見えてくる。レイター帽子店に火がつけられるシーンはまさにそう。
ベネチアには10回以上行っているのに、そこから電車で2時間もかからないトリエステには行ったことがない。今年は行ってみたい。本棚を探したら、友人の岡本太郎さんの『須賀敦子のトリエステと記憶の街』という本があった。須賀はサーバを読んでトリエステに行き、岡本さんは須賀の本に書かれた跡を辿る。私は岡本さんの本を抱えてトリエステに行こうか。
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