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2019年2月 3日 (日)

母の死:その(3)

母の葬儀に行って驚いたのは、近所の方々がお葬式を手伝ってくれたこと。それを地元では「隣組」と呼ぶが、これは日本史では第二次世界大戦下に全国各地で作られた末端組織を指す。その呼び方がいまだに残っているとは。考えたら東京にも「町会」や「町内会」はあるが、お互いにほとんど知らない。

地元の「隣組」の人々は、近所の知り合いの葬式に参加し、何名かは手伝うようだ。そこで受付を手伝っている中年の男たちの中にかつての幼馴染を見つけた。「ふとしくん」と名前を言われても、一瞬誰かわからない。相手が名前を言って、ようやく思い出す。

菓子屋「あずまや」の息子はたぶん私より1つ上で、少し離れた場所で菓子屋を継いでいるらしい。背中が曲がっていた働き者の彼の父親はよく覚えているが、今や白髪の息子がそっくりの顔になっている。ほかにもムシロ屋や魚屋の息子たちが、みな60歳前後。

感じとしては、長い年月を描く映画で、メイキャップで急に無理にふけた感じ。話し方や表情は昔と変わらないが、いかんせん、見た目は本当におじさんだ。自分もそう見えているだろう。だいたい中学卒業以降会っていないから、40年ぶりになる。

従兄弟たちも何人か来てくれた。これまた同じくらい会っていない。なかには小学生の時しか会っていない熊本の従姉妹もいて、こうなると顔もわからない。ただ名前はお互いに記憶しているので、「ああ、お久しぶり」と話す。だが、その後の話は続かない。

男性だとせめて「今、なんばしよると」と仕事くらいは聞く。「信用金庫たい」とか「農協に行きよる」とか。私が「大学の先生ばい」と言うと「すごかね、なんば教えよると?」と聞かれるが、さすがに映画を教えているとは言いにくい。

女性だともっと微妙だ。仕事をしているとも限らないし、子供がいるかもわからない。離婚しているかもしれない。だから何となくニコニコしているだけ。中には長い間アメリカで暮らして帰ってきたばかりの従妹もいた。それも姉から聞いた話で、本人とは話さなかった。

母の弟(つまり叔父)がやってきたが、みんなに長い眉毛の形が私とそっくりと言われた。母の葬儀は、私の「ルーツ」に連なる人々との何十年ぶりの(たぶん多くは最後の)再会の場でもあった。

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