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2019年2月25日 (月)

母の死:その(4)

母が亡くなってひと月がたつが、意外な時にその不在を感じる。一番は、雑誌に文章を書いたり、新聞にコメントをした時。一部送られてくるが、自分でも一部買っていつも母に送っていた。

映画に関して私が書いた(およそ難しく読みにくい)文章を、母が読んでおもしろいとは思うはずはない。それでも姉によれば、「古賀太」という活字があるだけで、ニコニコしていた。2月に一度は書いているある無料配布の冊子は私の小さな顔写真入りなので、なお嬉しがったという。

考えてみたら、朝日新聞社勤務の終わりの一年半が文化部記者だったのはよかった。実家でも朝日を取っていたので、自分の署名記事が朝刊文化面に載った時は、母に朝7時頃電話していた。「あった、あった」と大喜びする声を今でも覚えている。

夕刊文化面だと普通は福岡では出ないので、わざわざ送っていた。すると母から電話がかかってきた。文化事業部の時は名前の入った文章はなかったので、母が喜ぶのを見て、記者になって良かったと心底思った。

大学に移ると告げた時は、「あんたがよかならよかたい」といつもの調子。しかし「もう新聞には書かんとやろ」とがっかりしていた。それでも雑誌などの文章を送った。さすがに大学の紀要論文の抜き刷りは、送らなかった。「いっちょんわからん」と言われるから。

学生企画の映画祭を始めたら、全国紙が取り上げてくれた。もちろん都内版か東京本社版社会面なので福岡では載らないことがほとんどだったが、新聞に学生と一緒の私の顔写真が載った紙面を送るとまた喜んでくれた。

それが昨年の10月頃からは、新聞がもう読めなくなった。12月には学生の映画祭を各紙の夕刊社会面に載せてもらったが、持って行ってもかすかに頷く程度だった。

だから今、自分が文章を書いた雑誌などを見ると、「母はもういないんだ」と思う。「母の喜ぶ顔が見たい」という、まるで小学生のような私の楽しみがなくなった。

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